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夢舟亭
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<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>

夢舟亭【エッセイ】 2007/04/28


     文七元結


 落語にはよく酒飲み“呑ンベぇ”が登場します。

「子別れ」には、大工の腕は良いのだが酔った勢いのそのはずみで、良妻を追い出してしまう男。しかし夫の反省と、子どもの「かすがい」が利いて、夫婦のよりがもどる。

「芝浜」にも、良い魚を仕入れる目と、見事にさばく包丁の腕を持ちながら。
 つい呑んだくれて商売をサボり。それがもとで大いに人生を誤るその寸前に。
 内助の功に救われる男。
 心を入れ替えて仕事に精をだして店を持つ。

 反省、心を入れ替えるという目出度しのお定まりではあるが、それを承知で楽しめるところに落語の面白さがあるわけです。

 ここに書く「文七元結」(ブンシチモットイと読む)の噺も、そうした酒呑み男が登場します。
 呑むほかに賭け事にまで呑まれてしまった夫であり父親、の登場から始まりまする。

   *

 だるま長屋に夫婦ものが住んでいた。
 夫のほうは左官、壁塗りの親方、棟梁だ。
 この男の名は長兵衛。
 酒好き。
 呑むだけでも困るのに、賭けるからまた困る。
 賭けは、負け続け。
 家財や女房の持ち物まで、有るものみなを質に入れてまで、賭ける。

 だから女房も娘のお久も、着の身着のまま、これっきりの生活だ。
 貧すれば鈍すというが、賭け事バクチはどんどんハマっていって、やめられない。
 負けが溜まれば、今度こそはと借金の雪だるまを大きくする。

 負けて帰れば、やけのやんぱち、むかっ腹をたてて家族に毒づく。
 自慢の仕事の腕を、家庭内暴力の道具にしてしまう。
 そんなこんなから完全空っけつの貧乏生活となる。
 いわゆる釜の蓋が開かない毎日は朝夕の食もない。

 今日もまた仕事にも行かず、例により賭場から裸同然に剥がされて、ご帰宅。
 負け襦袢かなんかを身にまとって、帰ってきた。

   ・

 おーい、おっかぁ。酒あるか、酒だよ、酒。

 なんだいおまえさん。帰るよりはやく。酒だってぇ。ばかをお言いでないやね。
 この家に口にするもんなんてものが、あるかないか、こっちが訊きたいね。

 なんだとう。このやろう。おれのかかぁだろうが。亭主になにか出せよ。

 出せないね。なーんにも無い。今夜のもあしたの朝のも無し。
 飢えて死ぬのを待つだけさ。

 そんな、おめぇ。

 だっておまえさん稼ぎを入れてくれないじゃないか。みな賭け事に落としちまったんだろう。
 何かいえばお久までぶったりして。あの子は愛想つかして出てってちまったよぉ。

 なにおぉ。あのばか出てっただとぉ!?

 それでなくともお久は先(先妻)の娘なんだからさ。あんまり虐めないでほしいんだよぉ。後(後妻)のあたしなんかに優しい子なんて、めったに居やしないよ。可哀想じゃないかね。

 なにを言いやがる。娘がおっかあに尽くすのはあたりめぇじゃねぇか。後も先もねぇや。

 おまえさんには話したって分かりゃしないね。
 それよりおまえさん。“さのづち”の女将さんが、何かおまえさんに用事があるから、帰ったらすぐ来てくれるようにって。そうお使いがあったよぉ。
 また何かご迷惑でもかけたんじゃないのかい。

 ばかやろう。“さのづち”の女将がか。頼まれた仕事のことだろう。ちょっと行ってくらぁ。おめぇのその合わせ、脱いで貸しな。

 ば、ばかをおいいでないよ。あたしゃ、裸になっちまうじゃないのさ。

 いいから貸せって。

 まったく乱暴な人だよ、もう。まったく着るものなんてこの家には何んにもないんだからねぇ。

   ・

 ごめんくだせぇ。

 あ、親方。女将さーん。親方がぁ。はい承知いたしました。さぁ親方こちらへ。

 おや、親方。よく来ておくれだったね。まあ上がってお座りな。

 へっ。では、失礼して。

 どうだいお働きかぇ。

 ご無沙汰いたしやして、どうも面目ねぇ。
 まぁ左官仕事のほうは、そりゃもうしっかりと。

 そうかい。
 で、なんだってねぇ。近頃は左官だけじゃなくて、あっちの方もいやに熱心だっていうじゃないか。

 あっち!? てぇますと……。

 勝った取ったっていってはさ、損した儲かったっていう、あれさぁ。

 えっ。あっ、バクチ。
 へへ、こっりゃどうも、面目ねぇこって。

 面目ないもないもんさね。どうせ損し続けで、かみさんや娘を泣かしてんだろう。
 聞いてるよぉ。困ったものだね。

 いや、こりゃどうも。何とも。
 かかぁのやつ余計なこといいやがって。

 かみさんじゃないやね。
 ご覧な。そこにおまえの娘が来ているんだよ。

 あっ。このやろう。こちら様に何の用で来てやがる。さっさと帰れ。

 怒るもんじゃないよ。
 親方はねぇ左官仕事ではじつに見事な壁塗ってくれる。
 そこの蔵をご覧な。来る人皆が、いったいどこのだれの仕事だと褒めるんだよぉ。
 だけど賭け事はいけないねぇ。
 家族の食い扶持みなスッちゃうっていうじゃないか。
 いったい幾ら損を溜めたんだい。

 いやどうも……面目次第もねぇこって。
 え、損の借りですかい。どうも、四十、いや五十……。

 五十両!?
 またなんとも遊んでおいでだねぇ。
 で、いったいそれをどうするつもりなんだい。返せるあては、あるのかい。

 それが、どうも……。
 返せねぇんで、困ってるわけで。

 それで身ぐるみ剥がされて、かみさんの襦袢かなんかで来たってわけかい。どうもまぁ情けないねぇ親方。

 へっ。なんともまぁ。うへへ、何というか……どうもこうも……。

 近頃は釜のふたも開かないというんだろう。
 その腕、泣いてるよぉ親方。

 へぇ……。

 それじゃね親方。どうだい、ひとつ取引しようじゃないか。
 ここに五十両ある。
 これであたしが、おまえさんの娘を、買ってやろうじゃないか。

 えっ! あっしの、この娘を。

 そうさ。このあたしだってね、この吉原で、店に若い女たち揃えてただで遊ばしてるわけじゃない。
 それは男の親方が一番良くご承知だろうさ。
 そのあたしが親方のこの娘を、五十両で買う、ということさ。

 いや、それだけは……。

 おや心配かい。ふふ、親方もなんだね、まだ父親の気持ちあるようだ。
 ではその気持ちに免じて、約束しようじゃなか。向こう一年、来年の大晦日まで。
 ね、この生娘を店に出さないでおこうじゃないか。

 い、一年。来年の大晦日まで。

 そう。来年の大晦日まで。
 それまでに五十両の金が返えったら娘を返そう。
 返ってこなかったら、親方いいかい覚悟をおし。あたしゃ鬼になる。
 この娘には男客をとってもらうからねぇ。
 どうだい、この金、もって行くかい。

 くぅ…………。

 おとっつあん。女将さんがこうしていってくれるんだから、あたいはいいから、そのお金もって帰って、おっかさんに何かうまいものを買ってやって。
 お願いっ!

 お願いっていったって、おめぇ、そんな……。

 おっかさんだっておとっつあんだって、この何日は何も食べてないじゃないの。
 あたいはいいの。そのつもりで来たんだから。

 そのつもりで。おめぇひとりでか……。

 うん。

 すまねぇッ……。
 おめぇに身売ってまでして助けられるようじゃぁ、おれも、お終めぇだ。
 分かった。女将さん、たしかにこの金できっぱり返すもの返して、出直しますんで。
 どうか娘をよろしくお願いいたしあす。
 ……おめぇもな、女将さんのいうこときいて。何でも手伝ってな。
 おとっつあんはちゃんと働く。もう賭けねぇ。
 必ず金持ってくるからな。
 許してくれるなぁ。

 おとっつあんも、もうおっかさんを困らせないでね。
 何もなくなってもおっかさんはあたしには優しくて。
 ホントの親(実母)でないからと、あたしに気遣いすぎて、可哀想なの。

 分かった。心配すんな。
 おとっつあんは、もう目がさめた。
 じゃぁ女将さん、たしかにこの金お借りします。
 あしゃあ、これで。

 親方。いいね、しっかりやっとくれよぉ。

 おとっつあん、賭け事だけは、だめよぉ。

   ・

 ぐしゅっ……。
 おれぁ、なんともしゃあねぇやなぁ。
 それにしてもあのやろう、子どもだ小娘だと思ってたら。いつの間に大人になっちまったんだろねぇ。
 まぁなんだよ、おれもしっかりしなくちゃいけねぇや。五十両といやぁ大金だ。
 それほど賭けてスッちまうようじゃしゃーねぇや。
 もう、おらぁやらねぇッ!
 ん!?
 おっ?
 おい。そこの、おめぇ。なんだ、どうした。

 えっ。どうって……べつに……。

 べつにったってよぉ。おめえ、ここはあずま橋だぜ。下は大川の流れじゃねぇか。
 欄干につかまって、下見て。
 何考えてやがんだよぉ。えぇっ。

 何たって、他人様には関わりないことでございます。
 どうか、見過ごしていただきたいので……。

 み、見過ごせだとう。ばかやろう。
 そんなことが出来るこのおれかどうか分かんねぇか。
 おいそこから離れろってんだよぉ。

 痛い。痛いじゃないですか。
 乱暴なひとだなぁ。

 乱暴もなにもあるものか。
 こんな橋から身投げてみろ。
 この水かさだ。痛いも何も分からねぇ土左衛門になっちまあな。

 いいんです。わたしは大失敗したんですから。
 これよりほかに、もうどうにもならないんです。

 身投げするほどどうにもならねぇなんてぇことが、あってたまるか。
 死ぬなんて親不幸なこと考えるばかがあるか。
 どうしたってんだ。さぁ話してみろよぉ。

 あなたの様な人に話て……何とかなるようなことではないのです。

 なにおぉ。このおれでは何とかならねぇだとう。
 へ、いってくれるじゃねぇかこのやろう。
 おう、こうなったら意地でも聞こうじゃねぇか。
 さあ言え。さぁさぁ。

 そんなに寄らないでくださいな、恐いひとだなぁ。
 いいますよぉ。いいますから手を離してくださいな。
 じつは、お金を、盗られてしまったんです。

 なんだとう。お金を、すられたのか。幾らすられたんだよぉ。

 五十……。

 五十!? 五十両か。

 はい。財布ごと。
 店の大事なお金なのです。この懐に入れてたのに……。
 ですから、もう身を投げるしか……。

 ちょっちょっ、ちょっと待てって。
 このばかが。
 なんでそんな大金を。五十もよぉ。

 ですから、どう見ても……あなたには無理ですよねぇ。

 このやろう。無理ですよねぇってやがる。
 なんだ五十両ぽっち。ほら、五十両だ。持ってけっ。

 ええっ! これ、五十両?

 そうよ。五十入ってる。持ってけっ。

 五十両だぁ。

 それはなぁ、おれの娘が、くっ、身を売った金だ。
 だからよぉ、もうけっして無くさねぇようにしっかり握りしめてな。さぁ、さっさと、帰れ。

 そんな大切なお金、もらえません。要りませんよ。

 このやろう持ってけようぉ。だっておめぇはこれが無ねぇってぇと、店に帰られねぇで川に飛び込むってんだから、仕方ねぇじゃねぇか。
 ほれっ。

 やだなぁもう。返しますよぉ。

 ばかやろう。もってけよぉ。
 ただな……1年後、いや2年後。その後ずーっと大晦日には。吉原の“さのづち”という店に出ているお久という娘が、ばかな父親のために身を売ったことだけは、思い出してやってくれ。
 いいな。

 いけませんよ。そらお返ししますって。
 もらえませんそんな大切なお金。

 このやろう。いい加減にしねぇか。おれは怒るぞ。
 男が一旦出した金を戻せるか。
 このやろう。持ってけったら、さっさと持ってけ。
 ほれっ!

 痛いッ。
 あっ、お名前、お名前は?
 あのすみませんが、おなまえ……。
 ああぁ財布ぶつけていっちゃった。
 しかし、ありがたいもんだな。この江戸にも神さまのような人がいるってことなんだなぁ……ありがとうございます……。

   ・

 ただいま、帰りました。遅くなりまして……。

 おう文七だ。旦那さまぁ、番頭さん。文七が、帰りましたよぉ。

 おう、文七。文七、無事でよく戻ってくれた。

 店の者みんなで心配していたのですよ。

 はい。お屋敷で碁のお相手に誘われまして。つい遅くなってしまいました。
 申しわけございません。でもお使いの五十両は、これへございます。

 五十両!?

 はい旦那さま。五十両でございますが。

 番頭さん。これはどういうことだろうね。

 文七。おまえどこで今まで何をしていたんだ。正直に申し上げな。

 はい。じつは……お代を頂いた後で、碁のお相手をほんのちょっと、のつもりが……遅くなってしまいました。

 遅くなったのはいいのです。
 それよりも、このお金です。

 文七の帰りが遅いので、心配してたらついさっき、お屋敷からお使いがあってな。
 小僧さんが五十両をお忘れしたからとお届けがあった。
 碁盤の下に落ちていたそうだ。

 えっ!
 では、わたしは、盗られたのではないんだ。
 ああっ、これは大変だぁ。どうしたらよろしいのでしょう番頭さん。
 このお金はこのお金は……うわぁー。

 あちらにも、こちらにも、五十両。
 文七、こんな大金いったいどうしたのです。
 なに? ふむふむ。すられたと思って、あずま橋で身を投げをしようとした。
 なんとまた。
 で、そしたら、気の毒だと、ふんふん、とめてくれたお方に頂いた、と。
 で、そのお金は、ふむふむ、娘さんを売ったお金だというのかい。
 へぇーえ。なんとまぁ。
 うむ、こうしちゃいられませんよ番頭さん。

 はい。

 で、命の恩人のそのおかたの、お名前は?

 それがその……。

 なに。名前もなにもいわないで、行ってしまわれたと。はぁご奇特なひとが居らっしゃるものですねぇ。
 なにか手がかりは、ないのかねぇ。

 たしかぁ……娘さんの店は……吉原の、さの……、さのづ、ち、とかなんとか。

 よし。番頭さん。すぐに行って、訊いてきておくれ。

   ・

 だからよぉ、何度いわせんだ。おめぇはしつこいんだよぉ。
 娘は売ったんだ。けどよ、女将さんは1年間預かるだけだっていう約束だ。

 だからその売ったっていう代金は、どこなんだって訊いてるんじゃないか。

 呉れてやったって、そういったろう。
 金無くして身投げするってやろうによぉ。

 下手なうそいうんじゃないよ。だれが娘売った金を通りすがりの人に呉れたりするんだ。
 そんな話を信じるばかが居るもんかい。またバクチですっちまったんだろう。
 まーったく、もう。おまえさんには、愛想もなにも尽き果てちまったようぉ。ああーぁ……。

 分からねぇやろうだな。
 おれはなぁ、もうばくちはやらねぇと女将さんにもあいつにもしっかり誓ってきたんだ。
 男に二言はねぇんだ。しつこいやつだな。

 じゃあお金を出してみな。
 呉れてやった証拠なんて出せないんだろう。
 おまえさんねぇ、娘が可哀想でないのかい。

 ばっかやろう。可哀想でねぇわけねぇじゃねぇか。
 おらぁあいつのただひとりの親父なんだ。

 だって、金返せないんじゃ、あの子、生娘でなくなっちまうじゃないのさぁ。
 戻ってこないんだよぉ。どうすんのさぁ。

 どう、どうするって、おめぇ……。


 ごめんくださいまし。

 はぁい。おまえさん、だれか来たよ。

 こちらは、左官の長兵衛親方のお宅でございましょうか。

 はいはい。そうですが、ちょっとお待ちを。
 はい、なにか。

 わたくしは中野町で、べっ甲問屋を営んでおります近江屋(おおみや)の主でございます。
 ちょっとお訊ねいたします。
 昨日ですが。あずま橋のうえで、身投げをしようとしている小僧を、五十両の金をお与えになってお助けになった、ということは御座いませんでしょうか。

 あずま橋? 五十両。おう、おっかあ。みねぇな、ええ。見ていた人がいたんだ。

 やはり、そうで御座いましたか。
 では、この小僧を憶えておられましょうか。
 これ文七や。こちらの命の恩人さまに顔を見せて、お礼を申し上げなさい。

 きのうは五十両でご心配いただきまして、ありがとう御座いました。

 どうだおっかあ。なぁ嘘じゃねぇよなぁ。おう小僧さん、旦那さんに怒られなかったか。

 はい、それがぁ……。

 どうした。足りなかったわけじゃねぇだろう。

 足りなくなんかありません。多すぎて……。

 多すぎた?

 はい。じつは……。

 じつはこの文七が、先さまのところで碁など打っていて、置き忘れきたのでございます。
 なんとも店の躾がなっていないで、こちら様には大変ご迷惑をおかけいたしまして。
 これはお借りいたしました五十両でございます。どうかお引き取りいただきますよう。
 まことにありがとう御座いました。

 引き取る!?
 じょうだんじゃねぇや。
 こつとら江戸っ子でぇ。いったん人にやった金を、はいそうでござんすかと引き取るほどの間抜けじゃねぇや。
 笑われちまぁな。
 呉れたものは引き取れねぇよぉ。持って帰って、捨てるなりなんなり勝手にしてくれ。

 おまえさん。そんなこと言わないでおくれな。その金がなければお久は……。

 左様で御座いますか。誠にありがとうございます。
 親方の気持ちありがたく頂戴いたします。
 そこで、改めて、別にこの度の命をお助け頂いた文七の親に代わりまして、お礼のこのお金を用意いたしました。
 と、そういうかたちですので是非ともお納めねがいたいので御座います。

 別に、お礼!? 命の?
 まぁ、そういうことなら、有りがたく。
 へっへっ。いやぁ正直いえばねぇ。夕べから今のいままで、この金のことで夫婦げんか。
 寝てねぇんで。
 もう、どうにもならねぇんで、いっそ夫婦で首でもくくろうかなんてねぇ。へへへ、だらしねぇしだいで。

 いやいや、今どきとても出来ることでは御座いません。
 おかみさん考えてもみていただきとうございます。もしこちらの親方に出合わなければ、この文七は今頃、この世の者ではなかったので御座いますから。
 神仏のようなお心をお持ちの方に巡り会ったからこそ、文七はこうして生きているわけで御座います。
 いや誠にありがとう御座いました。

 べつに神仏ってほどのこたぁねえが。
 小僧さんも、これからは気をつけなくちゃいけねぇよぉ。

 はい。申しわけございません。

 そこで、これは別に、文七を預かる私の気持ちとして、十両。どうかお納めいただきましょう。

 えぇっ。もう十両。

 そして親方には、もうひとつ。
 祝いの角樽をお付けして納めていただきたい、御礼の品が御座います。
 さあ、番頭さん。こちらへお連れしなさい。

 おとっつあん。おっかさん。

 おう! おめぇ。

 お久ッ。

 ただいまかいりました。あたしこの近江屋さんに身請けしていただきました。

 くく……。ありがてぇ。

 いかがでございましょう親方。
 御礼の品は親方のお気に召して頂けましたでしょうか。

 ぐしゅ。お気に召したもなにも……ありがてぇッ!


 情けはひとの為ならず。
「文七元結」の一席、ここで幕。

 ちなみにお題の「元結い」とは、日本髪を縛り止める紙紐のことのようです。
 命拾いをしたこの小僧文七はのちに長兵衛の娘お久と夫婦になったという。
 勤め上げたべっ甲問屋といえば櫛などを扱うのでしょうが、文七はその近江屋からのれんを分けてもらって、髪の元結いの紐を商う店を開いたというわけです。
 この一件は文七とお久を結ぶ紐でもあったということにもなるのでしょうね。

        目出度しめでたしの「文七元結」お終い

                     記:2007/04/28

< ご参考まで: 子別れ芝浜  >


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