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夢舟亭
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夢舟亭 エッセイ      1995/08/01

        あたまの良い ばか


 1945年7月15日の早朝。
 アメリカ、ニュウメキシコ州に閃光が走った。

 怪しくも不気味なその試みは、天を灼くほどの爆風と輝き。
 その後の世界構造と勢力バランスに大きく影を落とした。
 鬼火とも思えるそれが原子爆弾の誕生の時であったことは今では周知のこと。

 だけれど、当時ロスアラモスの開発スタッフ、十万人にもなるといわれる原子爆弾実現のマンハッタン計画従事者たちには、そこまでの影響力など想像できていなかった。
 いや人の想像しうる限界をはるかに越えていたのかもしれない。

 二十億ドルの巨額をもってして産み落とした子ども「リトルボーイ」は、オッペンハイマーを頂点とした優秀なる頭脳たちの秀作だ。
 先端テクノロジー研究者同士の互いの熱意と、沈着冷静な計画遂行マネージメントの結果だといわれる。

 どういった形にせよ、イメージや推測論から始まって、論理を積み上げ討議白熱の先で自論を指摘され、打ち砕かれ。再々の積みなおしや実権を繰り返すことになる。
 底辺も見えぬほどの壮大な組織体をまとめるのは並大抵な能力ではあるまい。
 高い才能の者らを説得納得させひとつの目的に突き動かして行くのだ。

 空想理論の世界からついには形あるものにまとめあげてゆく過程は、人間が人間たることの何よりの証明だろう。
 となればまた、飛び抜けて優秀とされる人間ならではの、やりがいを感じる充実した時を過ごしているという実感もあることだろう。
 国の命運が君の肩に懸かっているのだと期待されれば・・。

 そして成功。
 目標達成したことの満足感は大きく、その喜びに惜しみない拍手も降り注ぐだろう。

 友情、勝利、努力という過去何十年も少年や若人たちを幸福にしてきたこの言葉が示すように、その部分だけを見つめれば誰にも感動を覚えるシーンとなって映る。

 そういった他からひときわ抜きん出た仕業や言動に否を唱えてしまえば、人間社会での社会的責任や賞賛の行場を失う。努力への報賞も希望を与えない。
 目標達成の満足感充実感の指標も見失ってしまうだろう。


 銃器製造会社で高精度を買われて注文殺到の、生産数一桁増大の実現へ知恵を注いだエンジニアや、注力した工員たち。

 新開発のレーダー隠れ飛行によって、ミサイルを最終爆撃地へ到達させしめるプログラムを編み出したソフトウエアの達人。

 わが軍有利に導いた高射砲の、射撃精度を飛躍的に高めた砲設計技師。

 殺傷能力を高め超小型化を成し、売上と社名を業界一に押し上げた地雷製造会社の優秀なスタッフ。

 ・・などなど。
 過去誰も出来なかったことを実現する喜びこそが科学技術関係者の役割だろう。
 どれも抜きんでた頭脳と努力のなせる技だ。並の才能を超えた者が得るべき結果だ。

 そこには成し遂げた者の満足感が笑顔にあふれて、課題を与えた依頼者や経営者ほか、協力者である仲間や見守る家族の称えて贈る賞賛と、割れんばかりの拍手が聞こえそうではないか。

 それは前に述べた原子爆弾誕生にも言えることだと思う。

 7月15日の実験成功。
 それから一ケ月たらず後。
 命令一下。

 歴史上初の実使用となった。
 前述の者らは成功を祈って成り行きを見守る。

 8月6日、日本の広島市で。
 8月9日、日本の長崎市で。

 原子爆弾は製作者の意図通りに成功を示した。
 町が一瞬に壊滅して消えたのだ。
 住む人々を徹底焼滅せしめた。
 原爆は極大の炸裂をもって日本市民に史上最大の被害を負わしめたのだ。

 そして8月15日、日本の降伏により大戦終結に至った。
 数百万人の命が帰らぬものとなって。

 この超スピードの戦争終結という決着を得たことこそが目標だったのだろう。


 あの日のあと50年間。
 この地上ではまったく使われていない原子爆弾、核爆弾。

 使わずとも強力なあの武器の威力は、この地日本で無惨にも証明された悲惨な記録を見るだけで充分なのだ。
 核だぞと振りかざすだけで脅威を感じて皆がすくんでしまうのだ。
 それを核の脅威と人は言う。

 その絶大な効果を訴えるほど理解するほどに、混乱の中の悲惨な戦場で収拾のつかない現代地球の住人の思いと心は同じなのに、なぜか二分する。

「あまりに強大過ぎるこの武器はけして人間が持つべきではない!」
 と、核の犠牲者を涙で魂を清めつつ嘆く者。
 それへ哀悼の意を示しながら核兵器の廃絶に協賛する者。

「脅威だからこそ意味がある。正しい自分だけは持つべきなのだ!」
 我こそは神の代役なり、とばかりに混乱絶えない地球をにらむ者。
 負けじとその者を真似る者。

 あの後も核の実験を行う国も回数も増え続けている。





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