夢舟亭 エッセイ 2003/11/01 子別れ 遊ぼっ! 幼いころの日曜日。朝早く。 こうした声が玄関先に聞こえると。 寝起きのままの、食事そっちのけで遊びの小道具などをひっ掴んで、飛び出して行ったっけ。 そしてお腹がぐうぐう鳴るまで。カラスがあかね空に向かって飛んで帰るまで。転げ廻った野原や河原の土手。 いったい何があれほど楽しかったのか。 あの年ごろの遊びは罪がなくてよいものです。 親にしてみれば、愛する子どもの育つ様子は何にも代え難い楽しみです。 それは古今東西違いはないことでしょう。 子どもの方も、親が居て愛情を一身に浴びているのを感じていればこそ、心ゆくまで遊べるわけです。そして遊びを滋養栄養にして、すくすくと育つのでしょう。 親としては可愛いうちのままで留まっていて欲しいなどと思う。 だのにそうして留まってくれないのが子どもです。 やがては止めるのもきかずゲーセンなどという有料ゲームマシンを並べた店などへ、コインをポケットに鳴らして駆け込む様にもなる。 むろんピコピコ、ドガーンのゲームそのものは必ずしも害になるわけではない。 それだって学びとして何がしかを見聞き知る楽しみの一つに過ぎない。 問題なのは、通い過ぎて度を超すほど夢中になって、おカネが足りないとなること。その工面方法として、なんらかのよかなる行動を起こすこと、が心配なわけです。 また、その場に集る友達の品行にも不安がある。そう思って気を配りたくなるのが親心。 朱に交われば赤くなる、と。 けれどこの喩えには、自分の子どもは白なのだ、という前提がある気がします。 そういう小学から、さらに中学生になって。 さらに高校生となれば、親の気はいっそう弛まない。 何せ親の言うことなどそうそう聞いていない年ごろですから。 親としては、「考え過ぎですよ」と、「気が行き届いてないのではありませんか」という二極の間を思い煩うものです。 そういう親心など素知らぬふうに、子どもはどんどん親との距離を開けたがる。 わが子に腐心した遠い日、このところの低年齢凶悪犯罪ニュースを目にするたびに思い出します。そして今はもっと大変だろうなぁとため息が洩れるのです。 男の子の場合ですが、青年期に向かうと身体も伸びれば肩幅も拡がって。 それまでに無かったいろいろな欲求がむっくむっくと頭をもたげて現れます。 その世代になった男の子の興味は、酒やたばこか。クルマにバイクに・・。 そしてなにより異性への関心の強さに牽引された欲情。 ある年齢に成ればこれは男女問わず、いや人間に限らず、自然な発芽育成なのかもしれません。 落語を聞くと、はこうした年ごろは「買う」という形で遊んだと言われます。 最たる遊びの場は、女性がおカネで遊んでくれる店、廓(くるわ)。 今その様子は本での記録に頼るしかない。 昭和三十年代に、その種の女性達の身を買う遊びの場は法的に禁止閉鎖された。 その法律というのが「売春防止法」。俗にいう赤線の廃止。 1958年というから第二次世界大戦終結の後のこと。 以来このニホンにおいてそういう場は正式には認められていない。 したがって現代は男女の自由恋愛の形で遊ぶということになりましょうか。 今は何でもある時代で、その昔は何もない時代だった。とはいうものの、なかなかどうして昔はむかしで、今に無いものがあったようです。 また現代は何でもあるから良いことかといえば。形を変え品を変え、いろいろな商売が誘惑してきます。 歩いていても学校でも、親といっしょに自宅に居ていてさえも。昼夜24時間情報で繋がり、引き込まれては騙されます。 犯罪のための情報網かと思うそれらを経由して連れ出されたりもする。 犯罪に巻き込まれることもあるから、とても油断出来ません。 じゃぁ親はどうすれば良いかと身構えても、正直なところ為すすべがありません。 そしてまたそれらは、あながち若者だけを対象にしているのではない。 大人になって家庭をもってからも巻き込まれカモにされたりするから困ります。 さて、そういうことがない昔も、遊び誤っては、せっかくの家庭まで崩壊の危機に陥ったりすることなどがあったとか。 そうした「夫婦」と、「子ども」の噺。 江戸三大人情噺のなかの『子別れ』を始めたいと思います。 ◇ 女房と子ども一人をもった腕の良い大工の男がいた。 このところ吉原の郭通いの回数を増やしているようだ。 馴染みの女ができたようで、ついつい家と仕事をおろそかにしつつある。 昨日から今夜まで遊んで、ひとまず自宅に戻ってきたところだ。 女房は夫の帰りの遅さを心配しつつ、針仕事などして待っていた。 出迎えてみれば、遊びの帰りと見てとれる。 そこで不満のひとつも口に出るわけだが・・。 うるせぇ。男ってものはな。時にぁ仕事つき合いってこともあるんだ。おれだってなにも好きでああした廓に泊まったってことでは無くてだな……。 うるさいねぇ。言い訳なんて聞きたくない。 女房も子どももありながら、汚らしい。近づかないでおくれ。ああしたところの女ってのはね。 汚らしいってこたねえだろう。 へへっ。おれの相方を勤めた女なんてものは、へへっ、ぽっちゃりしてて。真っチろい餅肌さぁ。 おめぇみてえな小言なんてこれっぽちも口にしねぇ。 また来てくんなまし、ってな。うへへへへ。 うるさーい。女房に女郎ののろけ云う男があるもんか。出てけー! あたしの気持ちも知らないで。 葬式だって云って出てったくせに。どこの葬式だか知れやしない。吉原かい。 あたしはまたその辺で酔い倒れてないかと心配で。それでこうして待ってれば。 何だとぉ。出てけとは何だ。出てくのはてめえのほうだ。亭主に何ぁんてこと言いやがる。 だいいち起きて待ってるこたあねぇや。勝手に寝ちまえ。 針仕事なんかして、当て付けがましいやい。 おめえのそういところがおれは嫌れぇなんだ。 何だその顔は。てっ、こうしてやる。 あっ。痛いじゃないかっ! 何すんのさ。 うくくく、もう。 殴ぐりゃ、痛かろうよ。 へっ、こう見えてもおれぁ大工だ。腕っぷしは強ぇや。 女房を殴って良い気分かい。 情けない。大工の腕をそんなふうに振るうとは、おまえさんも墜ちたもんだね。 分かりました。じゃああたしが出ていく。いいね。 おう。いいとも。 さあ、どこへでも行っちまえ。 せえせえすらー! ああ出て行くさ。 あの子は、あたしが連れて行くからね。 女郎でもなんでも連れ込んだらいい。さぞお似合いだろうさ。 ばっか。たまぁに遊びに行ったからって、女房がいちいち暴れて出るなんざ、みっともねえ。 おう、いいとも。出てきたきゃぁ出てけ。 おめえのようなおかめと違ってな、こっちにゃ入れ替わるいい女が居るってすんぽうだ。 たまに遊びだって!? この長屋ではね、あんたが廓に通い詰めてるのはとうに噂になってるの知らないのかい。 皆がばかだねぇって笑っているのを知らないほど、腑抜けになったのか。 こんなばかな父親に子どもなんて預けていったひにゃ、どんな子どもされちまうか知れやしない。 ああ、けがらわしい。 うるせえ。 おういいとも。 子どもでも何でも持って、とっとと出てけ! 金坊。こっちに来て、お父っちゃんに挨拶しなさい。お世話になりましたってね。 お父っちゃん。おっ母ちゃんに謝りなよ。また酒飲んで、どっかに泊まったお父っちゃん、わるいよぉ。 心配でおっ母ちゃんは、ずっと寝ずに起きてたんだ。 うるせえっ。いつから生意気な口きくようになったんだ。 やめておくれ。わが子に何すんのっ! てっ! おめえの躾がわるいからみろ。子どものくせにこのおれに文句云いやがる。 ばかおやじ! 分からず屋。 これっ。さあ行こう。行こうね。 とっとと消えやがれー! もう二度とその面見せるんじゃねえーっ。 一時の気の迷いだろうが、勢い付いた売り言葉に買い言葉。 出した言葉は戻されず、別れて暮らすことになってしまったこの夫婦。 亭主のほうは、遊びの出来心に火が点いて郭女をわが家に引き込んではみた、が。 そこは身持ちの堅い元の女房とは雲泥の差。家事の何かが出来るではない。 さすがの男もこの時点で目が覚めた。 早々にその女と手を切って、今では男一人暮らし。 大工仕事に精を出している。 酒と女を断てば、元が良い腕なのだから、仕事を紹介する人は後をたたない。 そこは昔のこと今日もお馴染みの大店の、よく気にかけていてくれる主人が、わざわざ訪ねてきたところである。 おい。居るかい。 へっ。どなたで? おうこれはどうも。わざわざいらっしゃらなくとも呼んで頂けりゃこちらから顔を出しましたのに。 いやいや。今日はたまたまたわたしの都合が付いてね。 で、まあ。頼みたいリフォームの現場を見てもらおうと思ってさ。 うちはやーっぱりお前さんの腕でないとねぇ。 さあよかったら、行こうか。 へえ。いつもいつもお目にかけて頂いて、ありがたいことで。 いやいや。場所はね。あの仲町の先のね。 こんどのれん分けする店にするんだが。話だけでは造作の説明はつかないことも多いからねぇ。 へえへえ。さようで。 おっと、出がけの戸締まりをちょっとしときませんと。何ぶん日中誰も居ない家なもんで。 隣の婆さんに声かけてきますんで。 そうか。お前さんは今男独り所帯だったな。 何かと不便だろう。 へへっ。どうも面目ねぇ。 昼日中、物騒ってほどの家財も無ぇんですが、出るときはこうして隣に声をかけて。 さあ、行きましょう。またいい天気でございますなぁ。 うーむ。こうして歩くのも良いものだね。 で、何だってね。お前さん二度目のかみさんと、別れたっていうじゃないか。 いやぁあれは女房っていうようなもんじゃねえんで。 ただ……ちょっとした勢いで、連れ込んだだけで。 ばかな話です。 商売女だったというじゃないか。 ええ。どうも情けない話で。 何せ飯もろくに作れねぇ。掃除もできねぇ。 針仕事などは、針も持ったことがないようなわけで。 ただもう、へへっ、夜のつとめだけしか出来ないってなわけで……。 ぷっ。大工仕事ではぴかいちのお前さんも、女ではしくじったね。 そんな女に較べりゃ……いや余計なことかもしれないが。 先のかみさんは、出来た人だったじゃないか。 何が至らなかったというんだろうねぇ。 夫婦のことは他人には分からないもんだな。 へっへっへ。どうも、何です。あっしの口から言うのもなんですが。あいつは出来たもなにも、出来すぎでした。 だろうぉ。何んにでも気が付くと、長屋でも評判の人だったじゃないか。 今頃どこでどうして居るんだい。 子ども、居たね。なかなか賢い子だったな。 何て言ったっけ。いや、子どもの名まえだよ。そうそう、金ちゃんだった。 もうだいぶ大きくなったろうね。 歳はいくつになったっけ? さて、いくつだったかぁ……。 おい。あれ。ほら……あそこだよ。 はぁ!? あそこの、橋のたもと。 ほれひとりで石を蹴って遊んでいる子だよ。 はあ? あれ。どうだい金ちゃんに、似てやしないかい? 金坊に!? まさかぁ。 そうかね。似てないかなぁ。 むむ……。いや。おう! き、金坊だ。 あはは、きんぼうだ。 これはまた。なんとも偶然じゃないか。 せっかく金ちゃんを見つけたんだ、行っておやりよ。さあ。 はぁ。いやそれもそうですが仕事の方が。 せっかく旦那に来て頂いたのに……。 なぁに下見のほうは明日にでもまた出直せば良い。 今年の暮れまでにでも終わればいいのでな。 そうですかぁ。じゃあ、明日には、あっしが必ずこちらから伺いますんで。 いいから、いいから。さあ。 では大変失礼ですが。おーい。金坊、きんぼうだろう。 えっ……あれえ。お父っちゃんかぁ。お父っちゃんだね。 へえ、どうしたのぉ? どうしたっておめえ……。 それより、どうだ元気か? しばらくだねお父っちゃーん。 おいらは、うへへ、この通りさ。 へぇおめえ大きくなったなぁ。お父っちゃーんびっくりしちまったよ。 ひとりかい。そうか。 この辺に住んでるのか。 ああ。この先のね。 そうか。 で……、何かい。その……おっ母ちゃんは……元気かい。 ああ、元気げんき。 おいらをね、よく怒るんだ。 へへっ。それは、怒るんじゃねえだろう。 おめえをしっかりした子どもにしたくて。そんで厳しくするんだ。 言うことをよく聞かなくちゃいけね。 へへっ。それにしても、大きくなったなあ。 ちょっと後ろ向いてみな。 そりゃあ六っつだからね。 もう子どもじゃないさ。 そうだなぁ。 で、あのう……何だな、お父っちゃんは……どうだ? 居るんだろう。えっどうなんだ。可愛がってもらってるか? お父っちゃん!? 目の前にいるじゃないか。 これは、むかしのお父っちゃんだ。 おれが訊いているのは、いまのお父っちゃんだよ。 そんなもの知らないよぉ。 居るのか? 居ないのか? 何云ってるんだよぉ。居やしないよ。 それよりおっ母ちゃんが居るから、さあ行こうよ。 いや、それはいけねぇ。 どうして? まあそれはだな……。それは大人の道理ってものがあるんだ。 また来るよ。 あれぇ、なんだぁ、行っちゃうのぉ。 ああ。またな。 何だ、なんだ。寂しいなあ。 また……来るから。なっ。 ほんと? 必ずだよぉ〜。 おう。必ずだとも。 何だ、男の子だろう。しっかりしろい。 あれ。このおでこ。どうした? コブができているじゃねぇか。 うん。これね。殴られたんだ。 だれに。 うん。近所のおうちの子にさ。 おっ母ちゃんが針仕事でいろいろお世話に成っているうちの子さ。 だからね、口惜しいだろうけど、我慢しなって。 おっ母ちゃんがそう云うんだ。 わるいのはあいつなんだ。 そうか……。 女と子ども所帯だと思って。子どもまでばかにするのか。 お父っちゃんはさぁ、今でもおいらのお父っちゃんだよねっ! あったりめぇよ。 めそめそするんじゃねぇ。ぐしゅっ。 もうこのお父っちゃんはな。酒なんか飲んじゃいねぇぞ。きっぱり止めた。 変なおんなも、きっぱりと追い出した。ま、そんなことはいいや。 えーと、金坊、これは小遣いだ。持ってけ。無くすんじゃねぇぞ。 そいじゃ……あさって。いいか明日の次の日だ。そこの、ほら、うなぎ屋があるだろう。あの店に来い。腹一杯食わせてやる。 お昼にだ。いいな。 それと、このことはおっ母ちゃんには内緒だぞ。男の約束ってやつだ。分かったか。 そうか。分かったらさあ早く帰りな。 見えなくなるまでお父っちゃんがここで見ていてやる。 うん、いいよ。 じゃあお父っちゃん、指切りしよ。 さいならー。 転ぶなよー。そらクルマにぶつかるんじゃねえぞぉ! ……ああ、行っちめぇやがった……。 * ただいまぁ。 金坊かい。 あまり遠くに行くもんじゃないよ。 うん、分かってるさ。いまね、あっ、男の約束だっけ。 へへ、内緒ないしょ。 なにこそこそ云ってるのさ。きもち悪いね。 こっちに来てみな。 あれぇおまえ何持っているの。これはっ! おカネじゃないか。 この子はどこから持ってきたの。わるい子だ! いつからそういう盗人になったのっ。 ちがわい。盗人なんかじゃないわい。 だって、こんなおカネあげたことないよっ。 貰ったんだい。お、おっとンンに貰ったんだい。 えっ。誰に貰ったって。うそつきは泥棒だよ。 うえーん。貰ったんだ。お父っちゃんに、会って。そんでもらったんだ。 お父っちゃん!? ……お父っちゃんて、どこのお父っちゃんのこと? おっ母ちゃんも、お父っちゃんとおんなじに、変なこと言ってら。 お父っちゃんって、おいらにはひとりしかいないじゃないか。 おとなのはなしって、わかんないや。 じゃあ、あのひとに会ったのかい。 あの飲んだくれの…… うんん。酒なんて飲んでいなかったよ。 もう飲まないことに決めたんだって。 そんで、変なおんなも追い出したとか云った。 何んのことか、おっ母ちゃんわかる? さあ、なんのことだろうね。 でもお父っちゃん、そんなこと言ってたかい。 あの、それでね。あしたのその次のあした。 あそこのウナギをいっぱい食わせてくれるから、お昼になったら来なってさ。 行っていい? ああ良いとも。 そりゃあおっ母ちゃんは、お父っちゃんとちょっとおかしくなっちゃったけれど。でも金坊にはお父っちゃんなんだから、行っといで。 それで、あのひと元気だったかい? そりゃあ元気げんき。 このおでこのコブを見て、涙こぼしてた。 そうかい。よかったね、金坊。 うん。 そこはそれ。元が好いた同士の夫婦。 まして子どもも有ってみれば、互いが気にならないわけがない。 女房はその日になるとそわそわとして、子ども以上に落ち着かない。 そんなことを知ってか知らずか、子どもの方は待ちに待った時間に、飛び出していった。 おう、金坊。来たか。こっちこっち。 よしよし。 やぁお父っちゃん。待った? いいや、ついさっき来たばかりだ。 さあ何でも好きなのを腹一杯食いな。 うん。おいら、うなぎなんて、匂いだけだったもんなあ。 そうか。じゃあ今日は、いままでの分も食いやいい。おーい、注文だ! へい、お待ちを。 と、その店の入り口へ。こざっぱりと髪をまとめて着替えた女房が現れた。 えぇいらっしゃい。さあ、奥の席が空いていますので。 いえ、あのう……うちの子が、たしか来ているはずなのですが……。 へい。お子さんですか。男のお子ですね。 あの奥の席で旦那様と一緒の席のお子さんでは? はあはあ、そうです、あの子です。 でも、いえうちの旦那では……ないので。 はっ旦那様ではない。いやこれは失礼いたしました。 いえ、そういうことではなくて……。 はあ? あれぇ。おっ母ちゃんだ。ほらおっ母ちゃんが来たよお父っちゃん。 ん!? そらお父っちゃん。おっ母ちゃんを呼びなよぉ。お母ちゃーんこっちー。 まあまあ。この子ったら。ふふふっ。 いやあ、なんとも……しばらくで。 いや何というか、……あの節はどうも。 そこを通ったらこの子が。で、どうも今日は天気が良いんで、ついちょっと。 そんでまぁ、どんだ、うなぎでもって云ったら……。 それも結構でございますってことになって。それでこうして。 へへっ。いや、なにすぐ帰すつもりでちょと。 何というか……。そこを通ったもんで。なあ金坊。 けっけっけ。お父っちゃん顔中汗かいてらあ。何云ってんだよう。 これっ金坊。 まあまあ、本日はどうも金坊がごちそうさまでございます。 そうそう。先日はお小遣いまで戴いて。本当にありがとうございました。 いいえ、この子がよそのひとから戴いたというからどなたからかと……。 お父っちゃんはよそのひとじゃないよぉ。 おっ母ちゃんも、お父っちゃんもどうしちまったんだよぉ。やんなっちゃうなあ。 さあおっ母ちゃんも、お父っちゃんの隣に、坐ってくれよ。 うん。金坊の云う通りに、良かったら……鰻でも食っていってもらえればありがたいが。 いいえ。あたしの方は、金坊さえよければ、何も……かまわないのですけれど。ねぇ金坊。 あれえお父っちゃん、見て。 きょうのおっ母ちゃん、きれいにお化粧してる。 まあっこの子ったらもう……。 お父っちゃん、ほめてやってくれよぉ。 そういうとこがなぁ、いまいちなんだよぉ。おいら面倒見切れねぇよ。 えへへっ。いや金坊の云う通りだ。とてもきれいだ。 そんなこと……ンもう金坊ったら。ふふふ。 いや、ほんとうだ。 この子のことは、ここまでしっかり育ててくれて、大きくなって賢くなった。 有り難い。この通りお礼を云う。 そしてじつに済まないことをしちまったと、もう遅いが、詫びたい。 いいえ。そんな。 あたしの方も。何もあれほど怒ることだったかどうか……。 いいやとんでもねぇ。 おれぁあの後いろいろあった。が、もうきっぱりと……酒も一滴も。 そんなこともう気にはしていませんから、どうかその頭をおああげになって。 そうか。 いや……、もしも万が一にも、まだその気が、いや金坊のためにも……。 ならばと、そう思って……いる。 いや、これはすべてこのおれの身から出た錆びだったんだ。 せめてこの子の育て銭ぐらいは、この先面倒見させてもらうつもりだから……。 いいえ、そういうことではなくて……。 この子も、もうすっかりあなたが戻ったつもりで、喜んで帰ってきたあの顔を見たとき。 あたしも出来るなら……と。 じゃあ、つまり、その……。もう一度、やり直してくれると? もしこんな者でも良かったら……、ねえ金坊。 何だいなんだい。ふたりとも、金坊きんぼうって。 ふふふ、おいらが居なけりゃ話が出来ないの〜。 いやになっちゃうなあ。この先どうすんだよぉ。 おいら、面倒見切れないやぁ〜。 まずは、一件落着ッ! |