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夢舟亭
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夢舟亭【エッセイ】   2010年06月02日




   遅れたツバメ



 いやぁ良い季節になってきました。
 春のおとずれが遅れているとはいわれたものの、やはり春は春です。
 ついこのあいだまで枯れ木ばかりで寂しかった散歩林道にも、いまでは新葉がひろがりかぶさって緑のパラソルです。
 峠から見わたすと桜も散って菜の花もおわり、緑いちめんの山肌に山吹の黄色が転てんと。
 こうして草木が春を謳歌するようになると虫たちも顔をだしてきます。
 花から花へ蝶や蜂がひらひらぶんぶんと飛びまわっています。


 一月ほどまえに飛び去った白鳥たち。それに入れ替わるようにこの季節にはツバメが渡ってきます。
 そして毎年決まったように人の住むあちこちの家の軒先に巣などつくります。

 もっともツバメは新しい巣を築るとはかぎらないようで、昨年の空いた巣を補強して住むことも多いようですね。
 住みはじめたツガイが、朝に夕に甲斐がいしく飛びまわっていたかとおもうと、やがて子ツバメがうまれる。
 黄色いくちばしが幾つか狭い巣のなかから餌がほしいと鳴きだします。
 そして休まず餌を運んでくる親ツバメの口のなかにくちばしをいれては餌をもらう。
 鳥獣のみなが示すおなじ親子の姿ではありますが、なんともほほえましい光景です。


 この季節にツバメが飛来して電線などにとまっているのをみあげていると、巣を決めるまであちこちと落ち着かない。
 あれは住み心地など物色しているのでしょうか。

 ほら、二羽ならんでとまって、チッチと囁いています。
 はるか数千キロの遠くから飛んできて休む間もなく、生まれてくる子どものために少しでもよい住処をさがす。
 生命あるものの務め運命とはいえなんともけな気なものです。


「ね。もういいじゃないか。ここに決めようよ」

「いいって、ここぉ!?」

「そう。ここさ。これでけっこういい雰囲気だよ。見てみな。騒々しくないし、小さな羽虫だって飛んでいそうにおもうんだ。ほら、向こう、あれ林だろう。そしてその先には川がある」

「ンもうぉ〜! あなたってなんにも見てないんだから。ほらほら。よぉく見て。ねっ。あそこ。犬がいる。あの縁側には猫も。あんな怖いの見えないってわけぇ? あんな猫が大丈夫とおもうわけ?」

「猫なんてねぇ、軒先まで来れるはずないさ。あの軒の高さだったら、ぜぇったい安全。だってあれ飼い猫だもの。最近の飼い猫なんてさ、鳥を捕えるほどのファイトなんて無いって。大丈夫だいじょうぶ」

「あーあ。どうしてあたしあんたのようなのと一緒になったりしたんだろ」

「おいおい、それどーゆー意味だよ。それよりさ、いくらみ見てまわってもキリないよ。だいたいキミはね、贅沢すぎるんだ。羽根を休めて落ちつけるならそれで充分さ」

 わが家の軒先の、一戸建て(一個だけ)のツバメの巣跡。ここ数年住み鳥なしの空き家です。
 今年も来ないかな、なぜなんだろうな、などと家人と見あげ、それもいつしか忘れていた。ふいと現れた一組の夫婦。ちょっと遅い飛来でしたが、かけ込むように、見学しに舞いこんだのです。

 あっちこっちの一等地で新築物件の間取りを見てまわり、家計と相談もあって来たかななどと、家人と茶話に交わしたものです。
 まあピッカピカの新築今風モダンな間取りじゃないけれど、山川草木あふれる自然に恵まれた環境であることが自慢の当地です。食用の無公害羽虫や昆虫の多さもまた。
 そしてなにより街中の喧騒などまったく無し。静かさが「売り」。だから子どもの養育情操教育に最高。

  ここに目をつけたとは、さすがお二人、お目が高い!

 とかなんとか、まぁ多少のお世辞もまじえて、そう言ってやりました。
 さてそれは聞こえたかどうか・・

 軒先にとまってツーンと伸びた黒艶のあの尻尾をくちばしで繕う若奥様。
 その陰で、翼のさきで疲れぎみの額の汗を拭いながら、こちらへペコリと頭をさげたツバメの夫君。
 それへ、家主としてわたしも返礼を。

  いやぁどーも。
  まあなんですね。男というものはお互いご苦労なことです。
  どうです。一息ついたら、こちらへ来て、旅道中のお話でも肴に、一杯やりませんか。

 するとツバメ夫人のほうは、あてつけか皮肉にでも聞こえたか。夕暮れの空へぴゅーっと宙返りで飛びだした。
 それを追って夫ツバメ氏も、お気遣いすみません、はいいずれ是非ともお相手を、と飛んでいった。

 そしてそのあと、当然というべきか、いらっしゃる気配は無し。

 したがってわたしは、春のおぼろなる夕べに、ひとり乾杯!

 ツバメ世界も女性の決定権は日増しに強くなってるってことなのかなぁ、とつぶやくと・・
「お父さぁん。飲み終えたコップは、ちゃんと洗って戻しておいてくださいねぇ」

「はいはい」







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