・・・・
夢舟亭
・・・・




<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>

夢舟亭 エッセイ 2006年02月13日


    ポップス・オーケストラのこと


 流行(はやり)廃(すた)りは人世の常。
 当時みんなが何であれほどもて囃したのだろうという思いのものが、今ではほとんど忘れられてしまっている、などということがあります。
 どこが面白かったのか素敵だったのか首を傾げてしまう音楽などが。

 でもそれ以上に今耳にしても、とても新鮮で素晴らしい曲想や演奏もあって、漆黒の円盤をまわして針をおとして流れるのへ、少しも色あせていないばかりかその魅力につい酔ってしまうものもある。
 クラシックにそうした曲が多いことは誰もが認める。なにせ100年サイズの時間を超えて弾かれて聴かれ愛されているのですから。

 では、他のジャンルには、そうした曲や演奏はないのだろうか。
 といえば、けしてそんなことはないと言いたい。
 そこでたとえば、今ではその数も減ってしまって聴く機会もあまりない私の好きな「ポップス・オーケストラ」の演奏。これなどはまさにそうしたものだと上げたいわけです

 ポップス・オーケストラというのは、20、30名ほどの管弦楽編成の演奏団体。管も弦も複数あって、むろん打楽器も含む小型オーケストラ。
 1950年代以降、つまり世界第二次世界大戦の後の世界に平和が訪れた頃から、ラジオやレコードを媒体に70年代をピークに、流れるような旋律の美音を世界に広めてくれた軽音楽オーケストラとその演奏です。

 軽音楽とは今で言うポップスのジャンルなのですが、さてポップス大衆向きなのかどうか・・。というのは今ポップスというなら、若者向けの音楽、というイメージがある。
 ですが、私のあげたポップス・オーケストラの演奏は、ファミリー・ミュージックという方が似合うのです。つまり老若男女皆が楽しめて心を潤すことができた。
 別にはイージーリスニング・ミュージックなどとも言われました。
 さてイージー(気楽な)であるかどうかは聴く側の姿勢なわけです。
 今どきのCDショップなら「癒し系」の区分の棚などに、わずかに置かれてある程度。横に並ぶのは、アディエマス、エンヤ、オリガ、姫神などでしょうか。

 さて当時のポップス・オーケストラのレパートリーはといえば、クラシックの小曲や名曲の楽章を抜粋し編曲したものなど。それがセミクラシック。
 ヨーロッパやアメリカ映画のテーマ曲スクリーン・ミュージックや、ミュージカルもの。
 世界の民謡やカンツォーネ、シャンソン、タンゴ、ハワイアン、ラテン・ミュージック。そしてジャズのヒット曲など。
 もちろん若者のその時々のヒット曲もザ・ビートルズのものはじめを、独自のアレンジによって流麗に大人向きなストリングス(弦楽器群)で見事に聴かせました。
 そうですね、流麗であることもポップス・オーケストラの大きな特徴でした。
 ムードミュージックなどと称された意味もそこなのでした。

 ポップス・オーケストラはそれぞれのオーケストラが自分たちのオーケストラの個性を創り上げフルに活かしたアレンジを最大の売りとして聴かせ所として。
 しっとりとして、あるいは華やかな響きで。
 ですから曲は同じでも、オーケストラが違うとがらっと変わってしまう。
 まるで若い女性のメーキャップやドレスアップを楽しむように。
 そのことがまたポップス・オーケストラを楽しむ者の、大きな楽しみであったわけです。
 ですからどのオーケストラの何の曲が良いか、あの曲はどのオーケストラの十八番(オハコ)などと、ファンは大いに自分の好みを論じ合ったものです。
 それらのほとんどが日本を訪れて、鮮やかな照明効果を伴ったステージのコンサートツアーをしてくれました。

 ポップス・オーケストラとはたとえば−−

*マントバーニー・オーケストラ
 イタリアのクラシック名門オーケストラのヴァイオリン奏者を父として生まれて。イギリスで育って、家族で編成したのは室内楽なのでしょうか。
 弦楽器の素晴らしい音色に目ざめたマントバーニー。
 やがて独自な奏法を編み出して発展させて一世を風靡したサロンオーケストラを組織した。
 その音色は「カスケード・ストリングス」と呼ばれた。
 月下に浮きでる滝の落水をイメージする様な、とても華麗なストリングス中心の音色はしっとりとして、ポップス・オーケストラの王者とまで言われました。
 王宮の夜会の広間や、豪華なホテルの広いロビーにでも奏されるにふさわしいあの感じは、世界のファンを心底酔わせたものです。

 電子メディア録音の時代において、実際の演奏ステージでもけして電子音響を通したエコー処理などしないことでも有名。
 いぶし銀の様なヨーロッパらしい弦楽器群の奏法は、アレンジの見事さと相まって品の良さを最高に盛り上げました。
 マントバーニーは1980年にこの世を去った。
 今、演奏しなかったジャンルなど無いのではなかったかと思うほどの多くの曲を、60〜70年に録音して遺した。
 きわめて私的に数曲あげれば、シャルメーヌ、グリーン・スリーブス、恋人よわれに帰れ、ブルータンゴ、スエディッシュ・ラプソディ・・


*パーシーフェース・オーケストラ
 カナダに生まれ。アメリカで活躍したパーシーフェース率いるオーケストラ。
 先のマントバーニーとよく比較されました。
 音色は弦が見事であると同時に管楽器も含めて輝くばかり。
 またジャズの国であってみれば打楽器のリズム感も良い。
 演奏のジャンルは問わず。なんでもOK。
 で、パーシーフェースもまた、すでにこの世の人ではない。
 夏の日の恋、風のささやき、シンシアのワルツ、ムーランルージュの歌・・


*アルフレッドハウゼ・オーケストラ
 一昨年世を去ったアルフレッドハウゼはドイツの人。
 この名を聞いただけで頭のなかで鳴りだすのは、タンゴ。
 とはいえ、アルゼンチンの下町の、哀愁のバンドネオンと激しいリズムではなく。
 海を渡ってヨーロッパで、モダーンに装いを変えたコンチネンタルなタンゴです。
 やはり弦楽器群、ストリングスが中心の潤いのある響き。
 流れるようなメロディーが淡いタンゴのリズムに載って、ヨーロッパの都会の夜を演出する。
 流れ聞こえるは、これはもう大人の音楽以外のなにものでもない。
 碧空、真珠取りのタンゴ、夜のタンゴ、バラのタンゴ、ラ・クンパルシータ・・


*ウィルナーミューラ・オーケストラ
 こちらもドイツの弦楽器編成の綺麗な音色のオーケストラ。
 ウェルナーミューラーご本人のその後をご存じのかたは是非教えていただきたいものです。ハウゼよりもずっとご年輩のはずです。
 さすがに近年はレコードやCDが手に入らない様です。
 やはりコンチネンタルタンゴを得意としておりますものの、ハウゼもそうですがけしてそれらばかりではない。
 ポップス・オーケストラはみながほぼオールマイティ。

 とくにこのウェルナーミューラー・オーケストラは、日本わが国の曲の演奏がひときは上手で有名。
 それもご愛想作りではなくかなり、気合いの入った本格的な編曲で、叙情歌や民謡を演奏してくれました。
 ですから当然日本の曲だけのアルバムもあったし、コンサートでは「荒城の月」がオープニングテーマ。
 お江戸日本橋、荒城の月、ソーラン節、黒い瞳、真珠取りのタンゴ・・


*ポールモーリア・オーケストラ
 先の3団体から言えば、現役組。
 つい最近まで来日公演を毎年欠かさなかったのがフランスのこのポールモーリア。
 どのポップス・オーケストラも強烈な特徴や世界的なエピソードをもっているが、ポールモーリア・オーケストラは・・。
 例えばアメリカラジオ放送でのヒットチャートで、首位独占数週間という記録がある。
 60年代の当時、若者のヒット曲内外のエレキグループサウンド全盛のまっただ中で、このポップス・オーケストラの演奏する「恋は水色」の曲が人気沸騰。人気トップ躍り出てしまった。
 それもたった1週などということではなく、数週間。
 世界にポップス・オーケストラあり、ポールモーリア・オーケストラの存在を知らしめた。
 それも当然、世代を超えた楽しい曲でした。
 恋は水色、オリーブの首飾り、薔薇色のメヌエット、エーゲ海の真珠、涙のトッカータ・・


*レーモンルフェーブル・オーケストラ
 このオーケストラもまた現役のポップス・オーケストラ。
 とはいえ、先のポールモーリアと同じく、レーモンルフェーブルもまたフランスの人であり、ほぼ同世代であってみれば老いには勝てず。
 今ご本人が指揮されることはない様です。
 レーモンルフェーブル・オーケストラの特徴は、洗練されたシックでエレガントな感じ。
 曲も比較的クラシック調のものを独特なアレンジで演奏。

 私的な見方を言えば、先のポールモーリア・オーケストラは軽快で楽しさを優先させたのに、90年代以降は結果的にこのレーモンルフェーブル・オーケストラに近いものになって来た気がしてます。
 シバの女王、哀愁のアダージョ、この胸のときめきを、愛よ永遠に(モーツァルト交響曲40)、涙のカノン(パッフェルベル)、恋のアランフェス(ロドリーゴ)、・・


 ・・と際限なく思い出されますポップス・オーケストラの数々。

 そうしたオーケストラスタイルの演奏団体が世界に数多あって、腕自慢の奏者たちがポップな数分間の曲を壮麗にも流麗にも華麗にも編曲しては聴かせたくれた。
 そういう一時代の頃が、実際にあったわけです。
 それも世界を舞台に互いが大いに競い合っていた。

 またこれらのポップス・オーケストラの演奏は、ラジオ番組のテーマ曲などにも使われており、その何曲かは知らずに耳にしていたりします。

 日本でもこうした流れを受けて、團伊久磨の「ポップス・コンサート」。
 黛敏郎の「題名のない音楽会」。山本直純の「オーケストラがやってきた」などのコンサートが企画され、続いたのだと思うわけです。

 今軽音楽の演奏を楽しもうと手にすれば、倹約節約の企画構成でなければ成り立たないといわんばかりに。
 小規模演奏がデジタルな多重録音で録られてあったりします。
 思えばわびしい限り。

 そうしたことを思えば、この後にもあげた様な、完全なクラシックのフルオーケストラに加えて、混声大コーラスまで含む絢爛豪華な編曲と演奏で次々とポップスの1曲1曲を存分に楽しませてくれたあの頃でした。
 今こうしてあげて並べてみてあらためて、なんと贅沢で音楽性豊かな軽音楽時代だったと思うのです。
 若い頃に好きになり、繰り返し聴いて。
 今聴いても充分そのアレンジに演奏に浸ることが出来るのです。
 そんな良い時代に生きられ、味わえたことを誰に感謝すべきでしょう。

 きりがないので今回は以下オーケストラ名だけにとどめ機会を改めて、近いうちにまた懐かしみたいと思います。

*ビリーボーン・オーケストラ
*フランクチャックスフォールド・オーケストラ
*フランクプールセル・オーケストラ
*101ストリングス
*リチャードクレーダーマン・オーケストラ
*クレバノフ・シンフォニックストリングス
*ボストンポップス・オーケストラ
*スタンリーブラック指揮、ロンドンフィステバル・オーケストラ
*ジョージメラクリーノ・オーケストラ





・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・




[ページ先頭へ]   [夢舟亭 エッセイページへ]