・・・・
夢舟亭
・・・・


夢舟亭 エッセイ     2010/07/03:修



   時間と蝉のはなし



 早いもので、もう7月。
 光陰矢のごとし、というが、つい昨日か先週先月に明けたと思っていた今年も、折り返してしまった。
 半分が過ぎたことになるとは・・・
 この調子で飛ぶように過ぎる100年後には、いま生きているわれらは、すで冷たい土の中か壺の中か。

 その時間ですが。
 誰にも気がねすることなく、自分が行いたいことに自由に使える時間は一生にどのくらいあるのでしょう。

 家庭をもって家族と暮らして。社会で多くのしがらみに絡まれながら働くお父さんなら。
「今が本当の自分らしい時間です」といえるような、自由時間などは、なかなかとれないですね。
「自分らしい時間」とは、他の誰とも差し替え入れ替えが出来ない、自分でなければありえない、この自分だからこう使う時間とでもいう時かな。
 そういう時間が、一生にどのくらいあるものか、ということ。

 仮に、もの心付く辺りを10歳として、一人で自由行動をとれるのを70歳までとすれば、60年間になります。その間が自分らしい人生(時間)と見なすことにして。

 隣もお向いも斜め向こうの家も、みーんなみんな喜びも悲しみも共に会社に仕えるお勤め、サラリーマンとすれば。
 20歳から60歳まで40年間は労働時間。ただし週休二日なら5日間が労働日。もちろん睡眠時間も差し引かねばなりません。
 そんなこんなを計算してみたことがあります。
 するとその時間を連続時間にして約11年間が一生のなかの自由時間。人生のなかの20%くらいかな。

 まあ厳密には、最初の10年間は学校で学ぶ時間がありますし、祝日やうる年などの足し算引き算も必要でしょうから、これはあくまでも概算です。

 それでも、これら時間総てをただ自分だけの個性的で意味のある、かつ思い出深い行動にのみ使うなどは、実際にはとても無理。

 人生には山あり谷あり。一寸先は闇。どんな病や災い障害が訪れるか待っているか分かりません。そのたびに多大な苦しみ悲しみの時を消費することになる。
 幸いに医者知らずで傷病がなかったとしても、また平和の時代とはいいながらも。乳のみ子や育ち盛りの子どもをもつ親御さんはそのほとんど100%を子どものため、子育てに費いやす。
 また家族だけのことを考えているだけでなく、冠婚葬祭のお付き合いもあります。

 となれば自分だけの時間などはさらにマイナスされますね。


 もっとも生涯のあの思い出を回想すれば。実はごくわずか数分間の出来事だったりします。だから必ずしも自由時間たっぷりでないと意味ある時はありえないとも限らない。

 時間は命の一切れ、とか。生まれてからの一切れひときれをつないだものが、人生。
 まずは時間の使い方をちょっと見直してみたいと思ったものです。


 そいえば、今年もそろそろ林から聞こえ始めるだろう蝉の声。
 じーじー、みんみん、つくつくほーす、かなかな。

 わたしは生きる時間のことを思うと「蝉(せみ)」の一生のことを思い出したりします。
 三年間も地中ですごし、ひと夏の数日を精いっぱい鳴き。その数日が一生の終りとするあの虫のことです。
 蝉のなかにはなんと15年間も地中にいて最後の数日が地上、という種もあるとか。

 それを思えば、蝉の鳴く声は生きる時間の最期をただ恋ひとつにそそぎ込んでるようにも聞こえるのです。

 夏の朝。明けた窓辺に、命尽きた亡骸が透明な羽を閉じて仰向けにころがっていたりすると、さすがのわたしも命時間のはかなさを思うものです。


      ○


 昼寝。まだ半眠りにまどろむなか、遠くでかな かな かな かな、ともの悲しい蝉
の声が、夢みごこちの眼(まなこ)をとろかすように聞こえてくる。

 そんなときこんなお話をイメージしたりします。


   ・


 かすかに聞こえるおなごの呼びこえが−−
「きすけど〜ん……」
 夏の日。蝉の声にまじって、きーんとして甲高く。それでいてゆ〜っくりと尾を引くように響いてくる。

 夢のなかとはいえ不思議なこともあるものだと、きすけは思った。
 辺りをよく見ると土手があり、腰を曲げねば通れぬほどの穴口が開いている。

「きすけど〜ん。こっちやー」
 目を擦り、耳をすます。
 呼ぶ声に返事をかえそうとするが声がでない。
 子守唄のように、そしてかな かな かなと。それにのってまたゆる〜く、呼ぶ声が聞こえる。
「きすけど〜ん」
 おそるおそる土穴に首をのばしてみてから、そーっと足を踏み入れる。

 一足一足すすむ。と、広いわけではないが、さりとて窮屈でもないその土穴はうす暗い。
 よっこらと踏みだしては、奥からの細い呼び声をうかがう。
「きすけど〜ん。はよー来てみー」
 その声は、とうに見知ったおんなのような気もする。

 早く見つけだして、せめて手でも取って話などをと急(せ)く。だが先へ進まぬは夢のなかなればか。
 声をたよりに先に歩むうちに、人々の行き来が目につくようになった。
 皆の交わすことばはどれもかなかなの声に似て、透けるように甲高い。

「こっちやー。きすけど〜ん」
 きすけは、天を突くように生えてる一本の大きな松の木の根もとにいた。
 先っぽが雲にとどいて隠れて見えない大木を見あげる。
 と、人びとはその先を目指してのぼってゆくのだった。

「よう来てくれやしたなあ。きすけどん」
 そよぐ風のようなおんなの声が、うしろからして。きすけの肩に手がそっとかけられた。
 振り向くと、ほっそり白い顔が目にはいる。
 おめえは……とまで発して、きすけはことばをのみ込んでしまった。

 あー、と低く息を吐ききったまま手を泳がせて引っ込めて。ただおんなに見とれてしまった。
 餅のような白いおんなが身に付けた透きとうるほどの白い浴衣。夏の陽にきらきらとしてまぶしい。
 細いまなじりが卵の様な顔でにっこりと微笑み。薄い眉がすーっとまるく弧を描いて涼しい。鼻も口元も、なんともじつにあどけなくて。見つめられず、切ない気持ちになる。
 髪はつやを放って鮮やかで、肩から下へ垂れて。そよと風にゆれている。
 その姿はほのかに匂って、えもいわれぬあまーい香りなのだ。

「きすけどん。そないな顔は似合わぬえ。ほほほ」
 ゆらりと白い小首をかしげると、緩めた薄紅の口元をたもとでかくす、おんな。
「さあ、きすけどん」
 そーっと差しだしたか細い手ゆび。
 きすけはその手を取ろうかとるまいか。目のまえでわが手をふわふわと泳がせるほかなかった。
「おらぁ。もったいねえなぁ」
 出してもどしてまた出して。おそるおそる触れたその手は、なんともふくよかで、やさしい。
「これぁ。お母ぁの手みてえだ」と、ほんにそおっと握ったものだ。

   ・

  うんぎゃあ、んぎゃあ。

「おうおう、いい子だいい子だ」
 ふいと変わった場面は、あれからどれほどの日にちが過ぎたものか。

 いや幾年も移り代わったとも思えないのだが−−

 きすけのそばにすわっているあのおんな。だれの子か、三体の赤子をとぎれとぎれの子守唄であやしている。
 その子らへ、ぽったりとした胸元をあずけながら背をまるめ、体を揺りつづけている。

 おんなをよーく見ると大きな腹だ。それは、きすけの子を妊娠(はらん)でいるようなのだ。
 おんなはやつれ顔。その臨月姿は髪も乱れて、動きも鈍い。
 さきほどの出会いの初々しさも薄らいでしまっている。

「ああ、うるせいなぁ。その乳のみ子の鳴き声はうるせい」
 きすけは自分の意に反して、愛しいおんなと抱かれた乳飲み子に、わめき声を浴びせる。どうもがいても、きすけの口は、勝手気ままにしゃべりまくる。

  うんぎゃあー。うんぎゃあー。
「おらあ、あたまがおかしくなっちめえそうだ。その子がうるせえ。やや子の鳴き声がうるせくてがまんなんね」
 きすけがわめくと、おんなが抱く乳のみ子たちは、さらに大きな声で泣きたてる。

「ああよしよし。なぜ泣く、なぜ泣く。父(とと)さまは、おまえたちが憎いでないに」

「いいや。おらあ憎い。怒ってるぞ。
 なにせ、おめえらは、おらの子でねえからな。前夫(まえ)の子だ。
 おめぇも、なーんでそげな子らばかりをいつまでもいじりまわす。
 おらたちの子もすぐ産まれるっていうに。
 またその子らときたら、三年も経つってに、赤子のままだ。
 ああうるせい。ああうるせえ」

 きすけは、自分の手なのに、勝手に動きだしてはぴしゃりぴしゃりとおんなを叩き付けるのを押さえることができない。
 おんなは、さらに背を固くまるめて、乳のみ子をかばう。
 それへ、とめどなくわめき散らす、きすけ。
「おらあ、蝉みてえな子も、おめえも嫌いだあ。
 おめえも子らも、ここから出ていけ!」

 両手をいっぱいに拡げて子を抱きかかえ、必死にかばうおんな。きすけは、愛おしさで涙が止まらない。だのに、おんなをこれでもかといたぶりつづける。
 自身ではどうすることも出来ないもどかしさ。
「ああ。おれは気が変になったんだ」
 自分の行いを、どうにか制しようともがきながら自問自戒する。

 それにしても、愛しいおんなと子を、蝉みてえだとはまたなんということか。いつからそんな思いにとらわれたのか。

 その時。ふっと、子らの泣き声が止んだ。
 そして、かなかなかな……と鳴くと、子らはおんなの懐からぱたぱたっと飛び上がった。そして空の彼方へ飛び去った。
 それを追うように、両手を差しだしては空を仰ぎ見るおんな。

「せみ!? そうだ蝉だ。やっぱりあれは蝉だった。
 ん? おい、おめえ、どうした……」
 子らのいなくなった部屋で、苦しそうに顔を歪めてはうずくまるおんな。
 それに気付いてかけ寄り、抱きおこす、きすけ。

「きすけどん。ゆるしてえな。わたしは蝉」
 おんなはしずかに細い目をあけて許しを乞う。
 前にまわって背をまるめるおんなをよく見る。
 と、両手に産まれたばかりの赤子が二つ抱かれ、すやすやと寝入っていた。
 おんなは、わずかな息がさらに細くなって、いまにも絶えそうであった。

「こ、これは……おれの子か?
 うぉー。すまねえ。すまねえ!
 おい、けして、けして死なねえでくれよなぁ」

「きすけどん。せみは、どんなに恋しゅうても、たった一夏。一夏だけの命……」
 にーっこり笑みを浮かべると、そのあと、おんなはもう動くことはなかった。
 その胸に遺された赤子を抱きあげた、きすけ。
「おらあ、蝉の嫁だってなんだっていいによぉ……逝かねぇでけろやぁ。ううう……」

   ・

 きすけがひとり、夕焼けを真っ赤に浴びてうるむ目をまばたかせながら、遅い昼寝から醒めた。その頬に夕風がそよと吹き寄せた。

 そして夏のおわりの蝉の声が聞こえてきた。
  かな かな かな かな……。





・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・



[ページ先頭へ]   [夢舟亭のページへ]