・・・・
夢舟亭
・・・・


エッセイ  文芸工房 紅い靴    2008年12月06日


  えんやぁ〜会津磐梯山はぁ…はぁっくしょん



 明治のころ(1888年:明治21年)に噴火した会津磐梯山という、1,800mほどにそびえた山が福島県にある。
 大自然、とはよく言ったもので、その時にこの山を形成していた岩石が吹き飛んで。周辺の川をせき止めてしまった。
 そこに大小の湖を生んだのでした。

 観光案内ではないけれど、裏磐梯といわれる地域には、桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼ほか、さまざまな湖や沼が生まれたのでした。

 もちろん火山地帯となれば温泉も多いのです。

 この会津磐梯山は、民謡にも歌われている。
 数万年もむかしの噴火でできたという猪苗代湖の水面には、今も山頂が欠けたその勇姿を映しているのです。

  ハァ〜 会津磐梯山はぁ 宝の山よぉ
  笹に黄金がえぃまた 生りさがるぅ

 と、おらが山は自慢げに歌われます。

 この名調子を大塚文夫や原田直之などで堪能すると、なーんともいい感じ。
 気ぜわしい現代の排気音などはすーっと消えてしまって。
 澄みわたる空をバックにした高山が、田園の四季折々の風景で塗り染められたなかに、くっきりと浮かぶのです。

 そこで、つい右手がむずがゆくなる。
 親指と人差し指に、物寂しさを感じるわけです。
 つまり温ったかな盃などを、ちょっとつまんでみたくなるのであります。
 なにせ米どころとなれば美酒銘酒どころでもあるのですからして。


 この歌のなかに・・

  朝寝 朝酒 朝湯が 大好きで
  それで身上潰したぁ
  もっともだぁ もっともだぁ

 と小原庄助さんが歌われている。
 身上とは財産のことですね。

 庄助さんは午前中のこれら楽しみが過ぎたあまりに、家計が傾いた。つまり財産を失ったという。
 それが会津の名物男、小原庄助さんの行状、生き方らしいのです。

 わたしはその人物のなんたるかは知らないのだけれど。
 知らないがしかし、今、ニュースの枕詞にもなりまた新聞を貼っては記事をパクるワイドショウでも、「不景気」と言い交わされている。

 そうした不景気北風のなかで、そぉんなことは知っちゃいないさ、どこ吹く風だ、と。
 朝寝坊をきめこんで、起きるよりはやく酒など味わっては。
 早朝の露天の湯に浸かって手ぬぐいをちょいと頭に載せて。

  えんやぁ〜 アイヅバンダイサンはぁ〜
 なぁんて歌えるなら。これはぁ、たまらんなぁ〜。
 じつに堪えられん、けっこうけっこうと思うのでありますが、いかがでしょう。
 内需拡大とかいうなら、せめてこういうおカネの使い方もありかなと思うわけです。


 そんな羨ましさの思いからではないけれど。
 このわたしも毎朝お湯だけはいただいておりますのデス、はい。

 なにせ、わが職場というものは若者中心。
 ほぼ「サラリーマンNEO(NHK)」状態。
 またどういうわけか、わたしには若い女性の多くを指示する役が付いて回る。これが不思議です。
 となれば不衛生で無精で不快感をまき散らすなどというわけにはゆかないのであ〜ります。

 衣服はもちろん体臭も口臭も髭も整髪もおろそかにはできません。
 とかく若い人というものはセンシティヴでデリケートなのですからね。
 小父さんとして朝の湯浴みは欠かせないエチケットなのです。

 またお湯(ブ)は美容というだけでなく、古代ローマの都市建設の思想にもあるように。市民の健康にこそ大切な清潔保持のアイテムです。

 幸いにも四季を通したプール泳ぎはもう20数年。生活の一部になっている。
 そしてここ数年は肩こり解消策としての温泉通いもすっかり定番となって身に付いて。
 この身体から衣類を剥いで外気にふれる機会は多く。
 風邪をひくということを忘れてしまっているのは、何より有り難きシアワセ。


 そんな早朝自宅湯船で。
 はがふがと歯を磨きつつ、ページ間に大クリップを挟んだ本を斜めに見ていたら・・
 くぇくぇくぇくぇ・・と聞こえる。

 外の気配に、うむむ来たな、と窓をあけて空を見あげた。
 言わずと知れたこの季節に飛来する白鳥です。

 白くふっくらした胴体とその先へ伸ばした長い首。
 V字に体型を組んだ数羽が、翼ひろげ優雅に飛んでいるのです。

 その飛行の道筋になるほどに、わが家は山間にあるということなのだけれど。
  ああ今年も来たかぁ。

 地上のある国の大会社では、上位の人間が専用ジェットで飛ぶことを叱られたなどというけれど。
 白鳥にとって上空からの眺めはもちろん、数千キロもの長距離飛行も、生きることそのもの。
 それでいて燃料費の高騰などにはいっさい無縁なのだから、おそれい入る。
 そうして見れば人間の知恵などは、まだまだ遅れているのではありますまいか。

 裸なのも忘れて、しばらくあんぐり口で立ったまま眺めていたのでした。


 ところで、報道によりますと今年のこの季節の渡り鳥は、インフルエンザに要注意だというのです。
 じつに恐い病源菌を運んでいる。国境を越えるウィルスのキャリアなのだ、と・・。

 けして近づいて餌などやらないようにとまでいう。
 もしもその病源菌が染ったら、対抗する薬がないという、なんとも恐ぁい話。

 あの美しく夢誘う白鳥の群が、チャイコフスキーのロマンティックな曲にのって踊る白いバレリーナのイメージに重ならないばかりか。
 芸術的なまぶしさを吹き飛ばしてしまうような、現実的話なのです。

 ニュースには栗のイガイガ棘の殻のようないかにもグロテスクな、ウィルスの正体が毎日映し出されています。
 あれをやっつけるワクチンが足りないという。
 現存のそれでは必ずしも対抗滅することができないようだともいう。

 だから蔓延したときはどれほどの人が病で倒れるか分からないというのです。
 いやぁ、驚きです。
 そんなわけで今年の渡り鳥に餌を撒き与えることは厳禁。

 バレエ白鳥の湖のステージでは、悪魔ロットバルトが、若い人間の女性たちを白鳥に変えてしまった。
 そしてその白鳥を、人間に戻し娶(め)ろうとする王子を、ロットバルトの娘である黒鳥が、妖しくも惑わせる。
 クライマックス終幕で、魔法に対して及ばずながらも反撃に出る人間、王子。
 その運命やいかに・・。

 さて実社会では、渡り鳥に宿るとされる悪魔的恐怖のウィルスへ、現代人間の医学的反撃は成功するのでありましょうか。

 鳴き声など聞こえようもないほど遠く雲の彼方にきえた白鳥の群れ。
 バスルーム窓外から、その辺りを見あげていたのです。が・・
 ふぇ・・ふぁ・・ひぇっくしょん。



ご参考:渡り鳥

映画「WATARIDORI」





・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・
[ページ先頭へ]   [夢舟亭 メインページへ]