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夢舟亭
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<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>


夢舟亭 エッセイ   2005年10月31日

   チャイコフスキーの三大バレエ曲



白鳥の湖、クルミ割り、眠れる森の美女


 バレエという舞踏芸術も私には魅力的な楽しみです。

 でもなかなか直にはお目にかかる機会が少ない地方住まい。
 その悲しさは、クラシックだけでなくポップスにおいても。

 地方都市でコンサートを鑑賞すると、いつも満員です。
 満員どころかちょっと遅れるとチケットも手に入りません。
 皆、音楽演奏に直に触れることに飢えているのだと思います。

 今、全国には3,000ヶ所にもおよぶ大小ホールが設置されたと言われていますニッポン。
 安全で快速な交通が発達していて、幾らかの出費を覚悟すれば都会まで出向くという手段もあるわけです。
 また、それに見合った数ほどの、内外アーティストが演奏の場を埋めている。
 これはとても有り難いことです。

 そういえばオーストリアのローザンヌという町では、今もバレエ国際コンクールが毎年開かれるとか。
 世界中から多くの若者男女が集い、踊り競っている。
 その様子がBSで放映されていました。

 私などはバレエは伝統芸術でもあるように思っていた。
 だがなかなかどうして、現在も常に新しい考え方に立って舞台美術はもちろん、振り付け師によって進展しているらしいのです。

 ですからバレーダンサーもまた、若手が登場しては三課題を舞う。
 優秀な人には世界各国のステージから引き合いの声がかかっているという。
 アジア勢の進出もなかなかめざましいとか。

 コンクールの種目は、古典バレエ衣装と振り付けの曲。
 あるいはオリンピック体操競技の床運動の様な現代風振り付けもので。
 最後には自分が得意とする一方を踊り分けて、自慢の舞いを披露しているのでした。

 そいうバレエ事情のなか、数年前にいなか住まいの私も国立モスクワ音楽劇場のバレエ団の来日公演「白鳥の湖」を、ついに鑑賞。
 3時間にもおよぶオーケストラ演奏のもとロシアバレエを堪能できたというわけです。


 さて踊るためには曲。
 音楽の方ですが、中学生のころバレエ「白鳥の湖」「眠りの森の美女」そして「くるみ割り人形」 の三大バレエ。
 それは作曲者チャイコフスキーの名をもって憶えたのでした。
 どれも夢見るようなストーリーであって、幼い心にはとてもロマンチィックな楽しさを与えてくれました。

 とくにチャイコフスキーならではの甘いメロディーが素晴らしい。
 これでもかとバレエのステージを盛り上げて行きます。
 音楽部分だけを組曲にしても充分に楽しめるほど。

 なんという素晴らしいメロディーメーカーなのだろう、という言葉を若い頃に手にした雑誌やレコードのジャケット解説、あるいは音楽番組で目に耳にしたものです。

 テレビなどで観て思うことは、どれもファミリーコンサート向きの華麗なおとぎ話に仕立てられているということ。
 思えば大の大人たちが、たっぷり豪華な演出と真剣ステージを熱演する。このことにより生み出される芸術的価値がご馳走ですね。

 たとえば「くるみ割人形」は−−
 あるロシアの恵まれた家庭のクリスマスパーティー。雪の夜。
 窓からもれる灯部屋明かりに、三々五々着飾った客が気もそぞろに、誘い合って豪邸に訪れるところから始まる。
 あの序曲とあいまって、そのさぁ急ぎましょうという情景の、なんと楽しそうなこと。
 ステージは替わって、パーティーの邸内。
 真ん中に大きなツリー。
 その周りには来賓からの飾りリボンの付いたプレゼントの品々が積み上がっている。
 なかに、くるみ割り人形もあったのです。
 パーティーを主催した家の心優しいお嬢ちゃんは、子どもたちに配られて最後に残った見てくれのわるいその人形を手にすることになる。

「くるみ割り人形」というからには、おそらく瓶の栓抜きや缶詰のふたを切る道具のような道具なのでしょう。固いくるみの殻を割るものを人形にデザインしたのでしょうか。
 いずれにしても、子どもがあまり喜ぶものではなかった。
 でもその子はせっかくのプレゼント人形がもったいないし可哀想と受け取った。

 さて人形を枕元において寝入って、その夜中。
 くるみ割り人形があらわれて、その子の真心に感謝して。
 素晴らしい夢の世界へ誘い込んでは楽しませる。

 多少のはらはらどきどきを含めた夢のストーリー。
 不体裁だったくるみ割り人形が、素晴らしい王子様に変身して女の子へのロマンディックなプレゼントを与えてくれるのでした。


 その点「白鳥の湖」と「眠りの森の美女」は、いささか大人向けのストーリー仕立て。
 このふたつはちょっと似ていて、お城の大広間から始まる。
 王さまとお妃さまと、その大切な子(王子あるいはお姫さま)に降りかかる災難、魔手がストーリーを盛り上げます。

 お城ではパーティーが催されて、世界の賓客が華麗な舞踏を披露するのが見所。
 そこで災難の元である悪魔が、不吉にも現れる。

 と、あらためて説明など不用な、とても有名なお話ではありますが−−


「白鳥の湖」のパーティーの目的は、花嫁選び。
 若く、いわゆるイケメンに育ったジークフリート王子に、花嫁候補をと世界中から招いた客人たち。
 その中からお選びなさいと。

 お見合い交流の場ということだろうか。
 この趣旨に気乗りしない王子は、気の合った家来友人の数人で城を抜け出し、森に出かける。
 森ふかくの湖に立つと、湖面に純白の鳥、白鳥の一群が舞い降りた。
 それらは見る間に美しい人間の娘たちに変わったではないか。

 訊けば、真の姿は人間なのだが、悪魔ロットバルトにかけられた魔法によって、始終白鳥で居なければならないと嘆げき悲しむ姫オデット。
 王子はこの可憐な姫に一目で恋してしまう。

 どうしたら人間のままで居られるのかと問えば、生涯変わらぬ愛を誓ってくれた男子の心が必要なのですという。

 王子はロットバルトに刃向かってでもオデットを勝ち取ろうと意気込むのだが・・


 一方「眠りの森の美女」の方はと言えば−−
 王さまが御目に入れても痛くないほどの可愛がりで育てた娘。花も羨む十代のお姫さまのバースディーパーティーを盛大に催した。

 クニ城下の皆が、祝いに集い、歌い踊る大広間。
 その場に現れた老婆。実は悪魔、が言い残す。
 間もなくに姫は紡ぎ糸巻きの針を刺すのがもとで、永い眠りに入るであろうと。
 そんな不安も忘れて過ぎるパーティー。
 だがやはり予言は的中。

 王と妃は泣きなき眠りに入った姫を、森の洞窟深く葬ることにする。
 この眠りを醒ますには、永遠の愛を誓う男子のくちづけが必要なのだとの言い伝えがのこる。

 で、お定まりではあるが、白馬にまたがった王子さまの登場となるのであーる。


 このストーリーと、手元にある聴き馴染んだ曲を思い比べて。
 いまさらに優しく愛らしいお話であると思うのです。

 雰囲気を充分に醸し出すのは言うまでもないチャイコフスキーの曲の数々。
「白鳥の湖」「眠りの森の美女」「くるみ割り人形」 を組曲にしたもので一挙三大バレエ曲集などもある。

 この曲を聴いて思うのがひとつ。
 それはいささか無粋な思いなのですが−−

 ロシアの方々が皆、何不自由なくこの様な幸せを絵にしたような生活をしていたのか。
 であるなら、何で冷戦時代などで暗黒共産と指さされ、西側に忌み嫌われるまでになったのでしょうね。

 このバレエ曲を聴くにつけ、あまりにあの暗かった時代との違いに、考え込んでしまうのです。
 などということまで考えてしまうこれら作品は、ロシア帝政の頃の芸術なのであります。
 貴族社会を反映したきわめて華麗豪華なステージの飾りであって、額に汗して農園で土塊を耕す大多数の農奴の姿は見ることができないステージです。
 王さまお妃さまなどと王政復古っぽいその点が、チャイコフスキーを嫌いな人に指摘される部分でありましょう。

 同じチャイコフスキーの作曲の、オペラ「エフゲニー・オネーギン」(原作:プーシキン)となると、その辺りのことが話にちらりと昇る。
 おとぎの夢から醒める現実的人間ストーリーとなっている様です。

 財産である貴族大屋敷の幾つかと、500人ほどの使用人と、5つの大農場のすべてを、プレーボーイ貴族オネーギンに遺す。
 死す祖父の遺言から始まるあの話は、近年「オネーギンの恋文」の映画にもなった。
 ロシア革命前の貴族社会の堕落ぶりを描いた話ですね。


 ま、それはともかく交響曲ほか多くを遺したチャイコフスキーは、バレエ曲ではまことにもってロマンティックな夢を、ひととき見せてくれるわけです。

 私の好みを許してもらえるならば−−

「白鳥の湖」から、序曲。ハンガリー、スペインやイタリアからの踊り手の曲も楽しい。
 そして第二幕でパーティーの外の森の湖面が映る有名な場の、情景。
 これほどに行き渡った切ないムードあふれる曲も少ない。
 とにかくこれ一曲で充分と言いたいほど。

 そしてきわめて短い曲、4羽の白鳥の踊り。
 悪魔に対する王子の攻撃シーンから、終幕に向かう盛り上がりの場に奏される曲などは圧巻です。
 二人は死をもって悪魔にうち勝つ。
 そして永遠の愛を得る。

「眠りの森の美女」も序曲。アダージョ、パノラマ長靴を履いた猫と白い猫など。
「くるみ割り人形」 も序曲、そして葦笛の踊り、花のワルツなどなど。

 何と贅沢にも、三大バレエをここにまとめてしまった失礼をお許しいただいて、ひとまずチャイコフスキーのバレエ曲の終幕といたします。





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