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夢舟亭
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エッセイ  夢舟亭     2007年12月22日




   ほどほどのシアワセ


 今。楽しいですか?
 そう、たった今、このスクリーンの前の自分がです。

 何か嬉しいことがあれば、はい。
 嫌なことや悩みがあれば、いいえ。

 そこで、考えてみて。
 さて楽しいって何なんだろう。

 健康で、衣・食・住に不満がなければ。
 一応は家族に心配事がなく、身の周りのモノが揃っていて不自由ないなら。
 まずはシアワセ。

 楽しい、と感じるにはそうしたフツウ気分に加えて、何かプラスアルファの上乗せ分が欲しい。

 身体のてっぺんに載っかっている脳が、その何かの存在を意識したとき「楽しい」と実感する。嬉しいことと言えるかもしれない。

 ところが、です。
 この脳というやつは、どんどん贅沢の欲求レベルをあげてゆく。
 あれさえ有れば満足なのに。
 あんなことが報われたら嬉しいのに。
 と思ってもすぐ変わる。

 望んでも得られず。やっとのことで待ちにまったそれが手に入った。
 と、その満足を感じるそばから、もう次を望んだりするから困る。

 おれのこれはあいつのよりちょっと落ちるんだよなぁ、などと比較して指くわえて。
 隣人のものを羨みだす。
 手にしたばかりのモノは、すでに有って当たり前。

 どこかで満たされない思いがうずきだす。
 と、満足した瞬間から状況は何も変わっていないのに。
 人体世界の王者である脳は、満足感から不満へ表情を一変する。

 たいがいこの場合は自問と説得を繰り返しながら、この状況を切り抜けることになる。
 イソップ物語の「キツネとぶどう」のように。
 手がとどかない枝のぶどう房は、不味い。だから、あんなのを食べない方がいい。
 と、きつねの独り言と同じ葛藤が展開されるのではなかろうか。

  隣人のモノは自分のより良くないのだ。
  あれは高価なだけで自分には似合わない。だから買っても無駄金浪費だ。
  自分のモノよりは良いかもしれない。だがこの自分には不向きであり必要ない。
  隣人はあのモノの良さを理解していない。だからおそらく活かせないだろう。
 ・・などと自分の脳の納得了解のときまで、自己の説得をくり返す。

 やっと納得して収まっても、再三再四不満が頭をもたげる。
 そこでまた「きつねの独り言」となる。

 ときには、しょうがないヤツだと脳の不満に負けて買い求め、満たしてやる。
 だが、またまた、上を見つけては不満の理由をならべ、要求のレベルをあげてくる。

 気を付けたいのはその理由だ。
  有るにこしたことはない。
  より良くなるからいいではないか。
 という程度の意識だ。
 便利だ、効率的だという発想もなかなか油断できない。
 それが無いとどの程度困るというその不満の基準も、思わせぶりの名手CMの言葉で乱されることが多い。

 わが家は現在、今までは贅択だったなぁと感じるほどの食節制をしている。
 とはいえ、それは我慢というほどではない。
 年齢的な健康第一の結果だと思っている。
 減食を勧められたことによるのだが(当ページ内の「ダイエット」参照願いたし)、今ではかなり身体が贅沢を望まなくなった。

 ほとんどが質素な和食系。
 漬け物、みそ汁、一膳ごはん。
 ほかに納豆か豆腐や手作りの煮物小皿の品が基本だ。
 週に一度、家人が何か贅沢なものをつくるが、それも腹八分目。

 こうしていると一ヶ月に一度くらい、温かい揚げ物のコロッケやハムカツなどを口にするだけで、その美味さに驚く。
 焼き肉やトンカツとなると、舌が抜けてしまうほどもったいない。
 こういう思いの生活が昭和の中ごろにあったのだなぁと、感慨ぶかくもなる。

 よく耳にすると思うのだが。
  最近のものは何を食べても味がなくてねぇ。
  なんとも不味くなりましたねえ。
 などという声である。

 しかしそんな道理があるだろうか。
 材料だった調味料だって、菜果品種だって、より良く考え出され作られている。
 味だってずっと良くなっているはずではないか。

 落ちているのは向こう側ではない。
 肝心な食べる本人の、舌味覚、だと思う。
 すっかり贅沢に慣れて麻痺しているのだ。

 無理もない。
 空腹も感じないうちに、次々とグルメだ美食だ5つ星だと、メディアに煽られCMの口車にのって。
 先を競って喰らう癖がついてしまっている。

 その分といおうか、反比例してというべきか。
 肝心の舌の感覚はすっかり鈍ってしまっていると思うが、どうだろう。

 疑問に思う人は、1週間から10日間。一汁一菜を続けてみることだ。
 その後で、不味いと思ったその食事を食べてみれば分かる。
 信じられないほどの美味を感じるはずだ。

 空腹と味の違いといえば、以前子どもが小学生のころに。
 家族揃って24時間の絶食を試みたことがあった。
 たしかアフリカの飢餓難民ドキュメンタリー番組を見たときだったと思う。

 いっさいのものを口にしてはいけない条件下のわが子三人は小学生の育ち盛りだった。
 20時間ほどで動けなくなった。
 歩けず、座り込み。
 次にごろ寝状態になった。
  はぁらへーたぁー。死ぬぅ〜……。

 妻は、彼らが日ごろ口にしないで拒否か無視する乾物のニボシを焼いて、味噌おにぎりと一緒に準備して待った。
 焼いているその煙の香ばしいかおりといったらない。
 大人の私でもたまらなかった。

 24時間後。
 子どもらは、この30倍の日を、飲まず食わずのアフリカの人ってやーっぱり可哀想だよねぇ。信じらねぇよと放った。
 この言葉を実験終了の宣言とした。
 差し出されたおにぎりの皿は、何も指図などしないでも、即、ご飯ひと粒もニボシの尻尾も、残らなかったのは言うまでもない。
 たった1日でこういう空腹感を味わえるというわけだ。


 足ることを知るとはいうが、どう知るかが先だと思う。
 足りないことの苦痛を知る体験は、目や耳や頭では分からないものだ。
 だからこういう体験は無駄ではないと思った。

 とはいえ、体験で知るという脳の働きだって、油断はできない。
 たとえそうした経験をしてもなお。
 子どもたちはその後好きだ嫌いだと言っては残し、食卓をたつまで戻るのである。
 それほどに人間の脳というものは、のど元過ぎるといい加減になり、狡猾にもなるのである。判断基準などは、おかれた環境でころころと変えてしまうのだ。

 マズローというアメリカの心理学者が、欲求をレベル階層化して説いたという。
 おかれる環境によって充足する程度によって、欲するレベルも異なってくるのが脳だという。
 だから感覚的な「絶対」とか、「間違いなく」とか、「どうしても」とか、「超」だとかと、その時々の意識と感情に突き上げられて口走るだけなのだ。
 欲がからむ感情などは容易く信じられない。
 まして、欲望を、権利と組み合わせて主張されてはたまらない。

 近年、報道に見聞きするお金の額の大きいことに驚く。
 それにともない、小市民のこちらの脳がかなり麻痺していないだろうか。

 千万円、億、兆となり、桁は満杯だ。
 百万の単位などは、ゴミのごときに聞こえる。
 億円など金ではないとばかりの捨てセルフを口にする産業人経営者や評論家が居たりする。
 すさまじいチャレンジ精神とか向上意欲といえば聞こえが良い。
 だが喉の渇きにさらに海水を飲むように、どんどん渇いて求めてるようにしか見えない。
 そして持てばもつほど、微少な損失にも不安感が高まるようだ。
 雇用関係のなかの遅々として進まない待遇改善などで出してやれない賃上げを見るに聞くに、つくづくそう思う。
 掴んだら手放せないのだろう。
 そんな取得するだけのデカイ話をする人を、ときに尊敬されているいるのだ。

 オク円と聞いただけで気が遠くなる小市民な私などには、どうにもこの渇き求める人種は理解しようがない。

 幸いというべきか、そういう不満に一切無縁な私は、近年何かとくべつなことがあるから楽しいという考えは持たないようにしている。
 そして一日の終わりに、減点法で一日を評価してみることにしている。

 心配事、困ったことを数えてみるのだ。
 とくにマイナス点がなかったら、その日は楽しい人生を過ごしたと考えるのだ。
 つまりはシアワセなのだと。
 おばかでわがままで油断ならないわが脳の感情的つぶやき不満などは、受け付けないというわけだ。

 もちろん、家族があってこの歳になって。
 なぁんにも心配事がないなどというわけにはゆかなかったしこの先もそうだろう。
 だから100点満点はありえない。
 せいぜい良くて80点。
 嫌なことが重なれば60点以下にもなる。
 だがそれで良しとしている。

 シアワセとか楽しいという感情というものは、脳の浮遊した基準で測っているだけだと思うのだ。
 だから他と比べはじめたら、不快になるに決まっている。不幸と感じるものだ。

 なにせ情報化時代が提供するものは、たいがいが「もっと良いモノ」「最高の人生」ばかりなのだ。
 アラブの富豪の持つ億円のランボルギーニ車と、私ごとき小市民の愛車を比べたら、満足感によるシアワセなどは吹き飛んでしまう。
 昨日売り出されたばかりのファッションを超えるものが、わが家の着ず仕舞いで埋まるタンスにあるはずはないのだ。

 シアワセ感の充足は、欲の小宇宙である自分の脳内で消滅させる工夫が肝心だ。
 不要で無意味な事物は寄せ付けず相手にしない工夫が大切だと思うのである。

 そう考えてみて思う脳の不要で無意味な活動とは、自慢と競争、のような気がするがどうだろう。




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