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紅い靴
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<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>


エッセイ  夢舟亭    2007年11月10日


   イソップ「都会のねずみと田舎のねずみ」



 イソップ物語といえば子どもの絵本やアニメでおなじみ。
 私も子どもの頃に見聞きしたそのいくつかを憶えている。

 うまとロバ。
 楽をしようと思って荷運びの量をごまかしていた馬が、かえって重荷が増えて泣きをみた話。

 ラッパ吹き。
 何の意味も考えないで、ただ戦場に進軍ラッパを吹いて戦意をあおっていたが、敵に捕らえられて、その罪の意味を知らされたときは死だった。

 そのほかにも、手の届かない高い枝のぶどう房を、あれは不味いのだとあきらめる「キツネとぶどう」。

 馬の三兄弟を、キツネが互いに悪口を言っているぞとだまして仲違いにもちこみ、一頭ずつ食べてしまう話。などは、忘れられないだけでなく、今どきの政争報道に重なって可笑しい。

 新制の郵便局では、年賀状も売り出された。
 来年のエトは、ねずみ。

 そこでうる憶えだが「都会のねずみと田舎のねずみ」という話を語り書きしたい。

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 都会に住むねずみが、知り合いの田舎のねずみを尋ね、遊びに来た。
 そして都会生活を自慢する。
 話交わすなかで聞くものや、周囲に見る田舎の不便さをあげつらい、ばかにする都会のねずみ。都会の自分の生活を盛んに得意がる。

 純朴な田舎者のねずみは、釣針を見たことのない山瀬の魚の様に疑いも抱かず、都会のねずみが自慢する都会生活をうらやましがり、田舎の自分の生活を恥ずかしむ。
  いいなぁ。都会はそれほどに素晴らしい所なのかぁ。
  たしかにあんたの話のどれもこれも、ここには無いからなぁ。

  ああそうさ。
  だからきみもこーんなド田舎の不便な生活などおさらばして、都会においでよ。

 都会のねずみは田舎の生活に三日と我慢できずに帰ってゆく。


 しばらくして都会のねずみから、是非都会に来いと手紙が届く。
 来たら大いに都会生活を満喫させてあげるとある。
 そこで田舎のねずみは喜んで田舎を後にする。

 都会に着いた田舎のねずみは、さっそく歓迎の山盛り夕食に驚く。
  ひぇー。あんたは毎日こんなご馳走ばかり食べているの。

  なにをいっている。これがご馳走だってぇ。わっはっはっは。

  だ、だってビーフだろうチキンだろう。これはなに・・・

  ハムさ。そちらがスープ。中華料理だって口から出るほどあるんだぜ。
 
 より取り見取りってわけだね。ああ都会はいいなあ。まるで夢のようだ。

 ・・とこの時。
  こらぁ! この泥棒ねずみめぇ。
 ねずみたちの食事の場に大きなホウキが叩きおろされた。
 都会のねずみの住処はホテルのキッチンだったのだ。
 ご馳走の盗みに気付いた人間が怒ったのだ。

 でっぷり太ったコックの人間の目が、ねずみたちの頭上でギラリと光った。
  今日こそは泥棒ねずみを叩きつぶしてくれる。
 二匹のねずみはキッチンの床を一目散に逃げ回った。
  こいつめ。それっ。いえっ。どうだ。
 頭上高く振りかぶっては次々に振り下ろされるホウキを避けながら、あっちにちょろちょろこっちにちょろちょろと逃げまわった。

 そのうちに調理台の下に仕掛けられたねずみ取りのバネにつまずいたのは、肥満系都会のねずみ。
 ご自慢の栄養が行き届いて艶あるすらりと長い尾を、パチンと挟んでしまった。
 そして真ん中から千切れてしまった。

 人間がシッポの切れ端をつまみ上げている間に、ほうほうの体で逃げ切った二匹のねずみは、屋根裏で声もでず冷や汗もふかず、震えていた。

 人間はこの次こそはと、ねずみ取りの毒をチーズに含ませて、仕掛けなおした。

 翌日早く、空腹に耐えられない二匹のねずみは、恐るおそるキッチンの隅の穴から覗いてみた。
 チーズが目に入った。

 しかしミルクの腐った匂いのチーズに馴れない田舎のねずみは、口を付けられなかった。
 けれど、これこそが珍味なのさと、都会のねずみはご賞味におよんだ。

 一口噛んだ瞬間、七転八倒。
 苦しみながら屋根裏に引きさがったが、腹痛で息も絶えだえのまま寝込んでしまった。

 毒入りチーズでもしとめられなかった人間は、次にネコをおいた。
 田舎のねずみは、毎夜聞こえるミャオンの声に身の毛もよだつ恐怖をおぼえて、一睡もできなかった。
 そして、寝不足でふらふらの田舎のねずみは、故郷にもどることにした。
  あんたの住む都会はたしかに美味しいものがあるし華やかだ。
  けれどその生活は命がけだね。
  夜も安心して眠れなくて生きた心地などしない。
  田舎者のぼくには住めない所だったよ。
  きみも命が無くならないうちに、田舎においでよ。

 都会のねずみは腹痛に耐えながらも負け惜しみの挨拶を返した。
  じょ、冗談じゃない。
  あんな何もないド田舎の退屈に耐えるくらいなら、ひと思いに死んだ方がましさ。
  なぁにこれだって都会の面白さのひとつなんだよ。
  それにしてもああ痛たたた。うぐぐ・・死ぬー!


 何を隠そう、私もまたしっぽ丸めて退散した田舎のねずみのひとりなのである。




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紅い靴
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紅い靴
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