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夢舟亭
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夢舟亭 エッセイ 2007年08月18日


   街道


 北の町から都まで。
 延々と続く奥州街道は、半世紀ほど前に国道に格を上げられた。

 この国で四の数字はあまり楽しくないのだが、国道四号線と番号が付けられた。
 四号国道は今でも北から南下して、東北各県を貫く主要な幹線道路である。

 奥州街道の歴史は古く、そのなかには城町も宿場も多い。
 今もその様子を残す木造の館を見ることができる。
 江戸東京から白河。さらに仙台そして青森へ。
 幾百年のむかしから人が馬が踏みならし固めてきた街道なのだ。

 それがこの三十年ほど前に舗装などされて、近代モータリゼーションを先導して。
 クルマが走り、行き交い始めた。

 そのほとんどは山沿いであって。
 わが地域においても田園や林間をくねくねと縫っている。

 そのために、三十年も前になろうか。数町村をバイパスしてしまう直線道路が、向こうに拓かれ、主要道路主役の座を向こうに渡した。
 切り離されて外れた街道は旧国道、さらに県道と呼称された。ローカル幹線の位に墜ちたのだ。

 その旧国道は、急なカーブの一部をさらに直線道路でつながれて。
 永年の道の座までも降りたところがある。

 切り離されて通行が無くなって。
 不要な土地として取り残された往年の街道の切れ端には、細い木枝や竹笹、天狗の団扇(うちわ)のような大葉までが這いでて茂った。

 田畑にもなれず、しつこく木々に絡まりながら伸びるツタもにょろにょろと生えるにまかせて。
 そんな雑木の巣が、歴史的街道のなれの果てなのである。

 街道に残った並木の大松は、往時の大名参勤交代の行列を下に見ただろう。
 市民農民らの三々五々旅に行き交う声も聞いたことであろう。
 そうした人影も絶えて今、近代高速時代にそぐわない右に左にカーブする田舎道の、ただの枯れ大木でしかない。

 はるか数キロ向こうで活躍している新設国道は、大型車の往来も激しく。
 歩行者など受け付けやしないほどの気炎をみせている。
 毎日毎夜、ブーブーゴーゴーと騒音と煤煙が噴き巻いて。
 いやでも時の隆盛を感じさせているのだ。

 陸橋を増やし、川をまたいで。山をトンネル空洞が直に貫き。
 信号機を増設して、多くの支道を交差しながらかしづかせている。

 蛇行山道の直進バイパス工事が一段落すると、次は拡張の四車線工事が施される。
 コンクリート壁が打ち立てられて連なり。高架橋の坂が橋が空間に持ち上げられ。
 地域の景観はがらっと変わった。
 それでもなお、朝夕のラッシュ時は、信号が車の長蛇列を堰き切りながらのばしている。

 道は、こうして常に新陳代謝をくり返しながら、古い皮から抜け出すように様相を変えて止まない。

 新道が脱皮して、向こうに行ってしまって。
 とうの昔に抜け殻になった旧道は、人も踏み込まない灌木雑林となって。
 往時の輝かしい役割を、独り思い出しているのかもしれない。

 つい先ほど、旧道ではめったに見ない大型トラックが紛れ込んできた。
 かと思うと、ディーゼルエンジンをうならせながら停車した。

 運ちゃんが飛び降りたかとおもうと、なんと立ちションだった。
 身震いひとつで終えると、運転席にのぼり戻って、バタン。
 ひと息ついて飲料水で喉をうるおした。
 と、その空き缶を雑木に向かってポイと投げた。

 雑木の茂みに落ちたそれは、土手から堀へころがり。ペちゃっと泥水に落ちた。
 その周辺には、ペットボトルやジュース缶ビール缶コーヒー缶が泥にまみれていた。
 なんと奥の竹笹林には、古タイヤ数本が押し込まれ捨ておかれてある。

 その昔、旅往来の人々の休息を誘うように風ふく木陰のこの地。
 そうだだからこそ捨て易いとでもいうのだろうか。

 国元へ突っ走る火急の早馬の情報伝令を見おくり。
 若い恋の便りメールを都から運ばれるのを見つめ。
 上京する立身の勇む心も夢破れ、ひしがれて故郷へ戻る男の姿。
 長い時間のなかではそういうものを眺めたであろう街道。

 やがて、馬糞もない四つクルマが煙を撒いて走りはじめた。
 世の変化に驚いたことであろう。

 近代産業のあけぼの期には、資材材料を満載して北上。
 製品を積載したトラックが夜を継いで南下。
 そのたびに、排煙にはさぞむせたことでろう街道。

 そういえば車社会の往来が増えだした頃に、休息の客で賑わった茶屋ふうのドライブイン跡が、この先にある。
 休憩一休みの人々が出入りしたその店は、今では柱と朽ちた壁が残るだけ。
 空き家となって看板文字も読めない。
 ガラスは欠け落ち、たっぷり砂ぼこりを敷いたあばら家となって、ただ風が吹き抜けている。

 諸行皆これ無常の風なかで。
 主要だった街道は今、公衆便所とゴミ捨て場となっている。





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