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夢舟亭
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<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>


夢舟亭 エッセイ    2009/03/28



    告発のとき


 娯楽作品をエンターテイメントなどという。

 私は曖昧なままカタカナを使うのは好きではない。
 だからどうしても固い和文となる。
 それが欠点かどうかいまだ私には分かりません。

 で、つい米国といってしまう、アメリカ。USAという人もいる。
 すでに多くの国がおなじらしいが、あの国の印象が以前より良くなった。

 もちろん国同士のことには個人的印象や見解などさほど意味はない。
 政治的次元ではどことの国交も油断はならないものだ。

 韓国や中国とて、市民同士では親しみが増したといわれるけれど、国政治の次元では必ずしも滑らかになったと思えない。
 常に割り切れないままのものが残っている。


 さてアメリカといえば奴隷制から今につづく人種差別を忘れようがない。
 そうした負の遺産を抱えたなかで有色系肌色の大統領となった。
 待望のその瞬間を祝おうと押し寄せた大衆の数は歴史に輝いて行くだろうといわれる。

 14世紀以降のポルトガルやスペインにはじまる大海へ船出した欧州の国々。
 地図を広げるまでもなく、よくもあの距離をと思う大航海の幕開けだ。
 現在叫ばれるグローバル化、この欧米理論の貿易につづくコトの始まりでした。

 アフリカ沿岸を南下してインドへ、のつもりが現アメリカへ間違えて踏みこんだ。
 先住の人々をインド人(インディオ、インディアン)と言ってのけて現在に至る。
 後にはイタリアやイギリス、フランスも荒海に乗り出して未開の陸へ向かった。

 その目的は海外貿易という名の植民地化だった。
 貿易、商売、売買取引、買いたたき、巻きあげ、搾り取り。
 当時の取引はかなり悪どい。

 知恵ほど強力なものはない。
 今にまでいわれる三角貿易。

 自国から持ちだした商品をそちこちの港で売りさばいて前進。
 そのお代で黒人奴隷を買いあさる。
 南や北のアメリカ大陸へ着いたら現産品と奴隷を交換売り買い。
 戻りの途中自国まででそれを売る。
 そしてまたくり返す。
 この三航路の商売が三角貿易。

 今回の大統領には奴隷家系はないそうですが、こうした人身売買の歴史が「ルーツ」や「アミスタッド」に描かれているわけです。

 そんな経緯で欧州からアフリカやオーストラリア。南米、北米へと新天地を求めて移住した者が多い。
 移住といえば聞こえは良いが。
 祖国では生活ができないために移住の船出。

 移入先の地には先住民が存在するのに、断りもなく居座った。
 と、どこの国の成り立ちも、けして綺麗で清く正しい歴史があるわけではない。
 現在でもそうした汚点は見ないようにしていたりする。
 北米の一つの例として「ダンス・ウイズ・ウルブス」が見せてくれる。


 そんなわけで、アメリカの素晴らしさを強いてあげるなら。
 こうした自分たちの汚点をもしっかり作品化して表現できることだろうか。

 ときには現政権だってこき下ろす。
「パーフェクト・カップル 」ではクリントン夫妻を皮肉り、「ニクソン」も映画になった。
 マイケル・ムーア監督作品に至ってはそのすべてがブッシュ時代の政治社会批判であり、ばかで間抜けとまで言ってのける。

 わが国に翻って考えるなら、国政批判作品などとても公開不可能ではないでしょうか。
 それは批判や抵抗や疑問などを表現する意味がまだ理解されていないのかもしれません。
 御上はお神であり正義という意識がいまだ根強いのでしょうか。
 また闘いやり遂げるだけの精神力を失ったままの体質になったのか。

 その点アメリカは、こうした作品も創られ、かつ見られている。創作活動を続け、支持されて生き残っていられる国です。
 ニューヨーク埠頭に立つフランスが贈った巨大な女神像さながらの、このおおらかな自由さ通りに。
 アメリカには疑問で首ひねることの多い私も、こうした点には拍手を惜しみようがないわけです。


 そこで今回「告発のとき」鑑賞と相成ったのです。
 見ようと思ったのは、昨年アカデミー賞受賞式中継でこの作品の名があがったからだったろうか。
 主演のトミー・リー・ジョーンズ。この人の見せる娯楽作品のMIBや逃亡者などの脇役の演技。また最近見た自身が監督したという「メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬」が興味深かったというのもある。
 しかしなによりも、告発、の意味をちらっと知ったことが大きい。
 とはいえドガーンバギューン寄りのハリウッド作品と私の好みには差があってよく期待を裏切られる。油断は禁物。

 中年、いや高年かな。その世代の夫婦には息子が二人。
 ジェットパイロットの兄のほうを航空機事故で失っている。
 弟は・・イラクへ。

 どの子も退役軍人としてのプライド高い父(トミー・リー・ジョーンズ)の勧めによる兵役だった。
 ところがイラクへ行った次男の消息が不明。
 フットワークの良い父はひとりで旧知の軍関係者を訪ねる。

 さっそく案内されたのは、国内に戻っていたという兵舎の、息子が寝泊まりした部屋へ。
 きちんと整頓された今は居ない部屋からケータイを失敬する父。
 パソコンでその中の画像を修復する。

 映像解析と捜し歩くなかで起きる不可解な事件から、イラク出征のあとの息子の苦悩が見えてくる。

 この映画はハリウッドによくあるヒーローものではない。
 あくまでも戦場で兵卒がたどる精神的衝撃を取り扱っている。

 7月4日に生まれて、デァ・ハンター、プラトーン、地獄の黙示録、プライベート・ライアン。
 また古くは、ジョニーは戦場へ行った、ほかの戦争に疑問する作品は多い。

 もちろんこの主題は世の東西を問わず作品の主要なテーマなわけです。

 禁じられた遊び、ひまわり、マレーナ、などは必ずしも戦場や銃撃戦のシーンがないのにも関わらず、衝撃的なメッセージがありますヨーロッパ作品です。

 また例年ユダヤ民族の年中行事のように、毎年ナチの罪状を描いた作品がなにか必ず登場します。

 イラク戦といえば現在も銃弾が飛び交い、ニッポンの専売特許の自爆特攻隊のような爆弾携帯自爆者により。イラク、アメリカ双方に犠牲者は増え続けており。
 この映画のような精神的な傷害を残して帰還する兵が後を絶たないといわれます。

 ドキュメンタリー番組で、男女機会均等な国のママさん兵が、戦場の狂気によるトラウマに悩まされて。帰還後子育てができない様子を扱っていたのを見た。
 社会に適応できないほどに混乱をきたしてしまって、犯罪を起こすことは男女ともかなり多いという。

 人間歴史は戦争の歴史だと言われるわりに、戦場兵役での精神的ダメージとその後遺症が公に認められたのは意外に新しいようだ。

 わが国では過去の大戦でどの程度こうした症状が確認されていたか。
 またその扱いはどうなされたのだろう。
 きちがいなどとして隔離されなかったものかどうか・・。
 幸いといおうか戦後は参戦がないために分からない。


 そんなわけで「告発のとき」もまた同じ題材であり、けして後味の良いハッピーエンドは待っていません。
 しかしそれこそが911以後の反省と落ちつきあるアメリカ的リアリズムなのかもしれない。
 この作品が告発したことがアメリカの何を変えたろう・・





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