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夢舟亭
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エッセイ  夢舟亭    2007年08月04日


   夏休みの友


 今の夏休み風景とはどういうものなのだろうか。

 夏の空を見仰いだとき、むくむくとふくらむ入道雲がわいているとき。
 じーじーじーと茶色い羽根を左右に閉じて背負ったアブラゼミが、柿の木の葉陰で尻をふくらませて見える。
 みーんみんみんみーと透明羽根のミンミンゼミも、薄緑のからだをしぼって鳴いていた。
 かぶった麦わら帽子のまま見あげる坊主頭には汗じっとり。

 学校に行くときとはべつな開放感が夏休み気分をいっそう誘って、照りつける陽に足元の自分の影が暑いのに、嬉しい。

 毎年のことだったが、夏休みの友は涼しい朝のうちにね、の先生の言葉も初めの数日しか思い出すこともなく。
 続いた記憶はない。

 最後の晩になって、なんでやっとかないのもうぉ、なーんて母に団扇(うちわ)であおがれながら。
 ちゃぶ台にうずくまって、日焼けた鼻の頭に汗かいて格闘したままの、居眠り。

 そんなとき足元に置いた虫かごのなかでぎりぎりときしむ音が鳴る。
  あっ、こいつ。だめだよ。

 くぬぎの木を蹴って落として採ったクワガタ虫。
 それが胴回りがじぶんよりも太く、とろりと黒光るカブト虫に挑みかかっているではないか。

 勉強の鉛筆を放して、虫かごを手にして。
 前後左右に振って、四つに組んでいる角つき合わせる虫たちを離そうとする。

 しかし満身の力を、左右二本の強力な角に込めて対するカブトの付け根の辺りをぎりぎりと締め上げて放さない。
  へーっ。こいつ強いね。ほら母さん見てみてっ!

 虫かごを顔にくっつけたまま、その隙間から目を丸くして見入る。
 向かいがわであきれ顔をしている母を誘う。

  そんなことどうでもいいの。さぁ絵日記、あと3枚。残ってますよ。

  絵日記かぁ。
  そうだ。ね、取ったこいつらの闘ったことを書こう。

  なーんでもいいから、早くしな。

 ミミズが這ったような大きな小学低学年の文字が、ノート枠からはみ出している夏休み友の絵日記ページはこうした具合に埋まっていった。

 ページの上半分に、虫かごになど入らないほどの、ドでかいクワガタが描かれた。
 二本の角で、カブト虫を持ち上げる様子だ。
 元気いっぱい描かれる。

    ・

 いつもより早めに里帰りした夏の日。
 母が古い絵日記を差し出した。

 変色した夏休みの友のノートを受けとって、ぱらりとめくる。
 懐かしくて微笑む私に、団扇を左右に振ってあおいでくれた、老いた手。

 その頃はもう側で扇風機が左右に首を振って風を送っていた。
 だがそれよりも母の気持ちが、故郷の風のようで嬉しかった。

 夏休みの友の表紙には、何度も破れ、それで何度も貼り合わせた金の紙片があった。
 幼かった私の夏の夜の、滅多に無かった金賞の金紙が貼られた成果だ。
 母の宝になっていたという。

  ことしは、暑いねぇ。からだ壊さなかったかい。

  ああ。母さんも暑いだろう。無理すんなよな。

  そうねぇ。でもわが家は涼しいからさ。

  そうだね。お盆……また来るね。

 開けはなってある座敷の奥の、菊花の山もりに飾った仏壇を、ふたり揃って見やった。

 添えられた大きなスイカと桃やメロンのかごは、その年里帰りした私のみやげだった。

 開けはなった縁側の向こうで、カナカナカナカナ……とヒグラシが鳴いたっけ。

 今年も鳴いているだろう。
 母の墓の、向こうの林で。




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