夢舟亭 エッセイ    2004/06/14


   落語「ら く だ」から


 酒飲みの話ですが、このごろは飲酒酩酊によって前後不覚になるような人を、路上であまり見かけません。

 私が子どものころは、酒癖の悪い人などが路上でひっくり返って、酒瓶握って寝そべっていたりした。
 そういう酒飲みが目立った割には、今のような親子や夫婦、師弟などの残忍な犯罪はあまり聞かなかった。
 まして見ず知らずの人を、むしゃくしゃした誰でも良かったなどと憂さ晴らしのように殺傷することは聞かなかった。

 今、酒飲みをその辺で見なくなっただけでは言えないだろうが、人皆がお行儀が良いというか常識人になったように見えるのに。
 日ごろのニュースに残忍な事件が多いのが不思議です。

 楚々として醒めた人間風景が見られる分、他人への関心もきわめて薄いのでしょうか。
 また日ごろの単調な生活のなかには、気が晴れる思いのひとときが無いのでしょうか。
 そういう人間同士が、一旦ぶつかると一瞬に破裂するように、行くところまで行ってしまうのか。
 犯罪の、あまりの狂気に目眩がします。

 呑むといえば、地方ということもあるのか、クルマ中心の生活になってしまったせいで、その機会は減っています。

 けれど大多数の人がドライバー免許保持者という現代であってみれば、狂人になんとやら。酒飲みが危険や罪をイメージするのは間違いない。

 会津磐梯山の民謡で、「〜何で身上(財産)潰した。朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、それで身上潰した。アーもっともだ、もっともだ」と、呑ンべいの庄助さんが歌われる。
 ここで言うような、酒で身を持ち崩すという話もまたあまり聞かなくなった。

 それでも、喜びにつけ悲しみのときも。
 寒いときも暑い夕べも。
 アルコール成分を含んだあの種の液体は、暖めて、あるいは冷やして。飲まれてはいる。

 生産量から見ても、個人あたりの消費量も、増えていると聞く。
 アルコール中毒の更正患者というものも、後を絶たないという。
 だから、酒飲み、が居ないことはないのだろう。
 女性の比率だって上がっているとか。

 中毒者と一旦名前がつけば、やはりこれは立派な病だ。
 そこからの立ち直りには苦痛と忍耐を要すらしい。

 そんな話を知ってか知らずか。
 滅多に飲まない人よりも、ほとんど毎日口にする人の方が、長生きする、という記事を読んだことがある。
 私なども、アルコール飲料は嫌いではないが、この長生き説については、話半分として読み流したものだ。

 かのチャップリンが、「酒は心臓には好くないのだが、心には実に良いものである」と言ったという。
 この言葉に賛成の向きは多いと思う。

 さて今回の落語は酒呑みの話、らくだ、である。

 月の砂漠をはるばると〜、と歌われる、あの四つ足の獣をさす名だ。
 背中に瘤があるのは、灼熱の砂漠の地を生きるための、貯水槽だと聞いたことがある。

 砂漠と連想するくらいだから、元々わが国などには生息していない。
 シルクロードの先の、ターバンを頭に巻いた商隊の乗り物だろう。
 動物園で見ると、ゆったりとした動きで、あまり早足の姿は想像できない。
 それでも、走らせるとかなり速いらしいのだ。
 映画「アラビアのロレンス」で、部族間の戦いシーンを思い出せば、主人公ロレンスが片足垂らして乗っていた。
 戦場をらくだに乗った一隊がかなり高速で駆け抜けていた。

 今では、どんな獣も見ることの出来るこの列島だが、落語が盛んなころ、らくだ、という獣を初めて見たニホン人たちは、さぞ珍しかったことだろう。
 ニホンに渡って来たのは、すでに飼い慣らされていたものだろうから、のんびりしていたことだろう。
 大きいだけに、馬でも牛でも山羊や羊ともちがう風貌で、どこかつかみ所ない。
 ちょっと薄気味悪くて、手に負えない印象だったのだろう。
 この噺では、らくだ、と呼ばれる男は良い人物像になっていない。


    *


 くずェ〜、おはらいっ。

 おい。そこの屑屋!

 へぇ、どうも。おはようございます。なにか?

 ぷっ。ばかやろう。なにか、もねえやな。
 朝っぱらから、屑屋を呼び止めて、豆腐くれの納豆出せなんてこと云うわけぁねえじゃねえか。

 へぇ、たしかに。
 ここは……らくださんの部屋のはずですが。

 おう。いかにも、らくだンとこだ。
 それがどうした。

 いや。らくださんの所は、もう何も買うようなものは無いので。

 何も無ぇ!? そんなことあるもんか。
 仮にもだな、人間一人の住処だ。
 無えことがあるもんか。探せ!

 いやぁ……。
 探せとおっしゃれば、わたしも仕事ですが。
 でもほんとに、もう何んにも買えるものなんて無いんですから。
 ほら、これも、あれだって。まったく役に立たないものばかり。
 何も残っちゃいないわけで。

 ちぇっ。違えねえや。
 どうにもしょうがねぇな。
 こいつぁ何にも残さねえでオッ死んじめえやがったか。

 えっ。死んだ!? らくだ、さんが、ですか?

 おうょ。見ろ、そこを。
 くたばってやがるじゃねえか。

 えっ。これ、眠てるんでは、ないんですか。

 このばかがよぉ、おれを兄貴あにきって云って、やたらくっ付きやがるんで。
 まぁたまにはこうして兄貴らしく、様子を見に来てやってるんだが。
 へっ。夕べ、そこの鍋のフグを喰らったらしいぜ。

 フグで、らくださんが、死んだ!?
 これはまた、めでたい……。いやなに、なにぶんご愁傷様なことで。
 でもぉ、ほんと、なんでしょうね。まさか……。

 ほんともなにもねえや。
 見ろ。蹴っても叩いても、起きやしねえや。

 たしかに。
 でも、らくださんていう人は、殺されたって死なない人だって……。
 いやこれは長屋のみなさんが云っていたんですがね。
 なにせ、あっちで誰かをぶん殴った、こっちで誰それを突き飛ばしたと、まあとにかくとんでもない事ばっかりやって。嫌われていた人でしたからねぇ。
 この長屋の人たちは…喜ぶ、といっちゃ仏さんに失礼ですが。悲しむ人は誰も居ないと思いますねぇ。

 へっ。ばか野郎。
 このくれぇの野郎でビク付いてるようじゃ、この長屋の連中も大したこたあねぇな。
 でもまあ何んしろ、弔ってやらにゃ、しゃねえや。
 おいちょっとおめえ、ひとっ走り行って来い。

 はあ!? 行って来い……って。

 行って来いってんだよぉ。

 どこへ?

 ばか野郎。この長屋の家主。大家ンとこに決まってるじゃねえか。

 誰が?

 誰が、だとう!? おめえ、ばかか。
 よーく見ろ。いいか、ここにゃおれとおめえのほか誰が居る。

 ご冗談で。
 わたしはこれから商売がありますんで。もう失礼しないと。
 なにせ家には、年老いたおふくろと、三人の子どもが女房と待っているもんで。

 なんだとう。商売だぁ。
 ふざけるんじゃねぇ!
 仮にもだ。死人を弔おうってこのおれを見ておいてだな、行っちまうだとう。この野郎。

 まあまあまあ。わ、分かりましたわかりました。
 ふう。何んともひどい話になっちまったなぁ。

 分かりゃいい。
 その商売道具の、古物入れの篭と天秤棒。こっちによこせ。ここに置いとく。
 いいか。家主ンとこへ行ったらだな。
 らくだが死んだ。そこで兄貴分が来て言うことには、家主といえば親も同然。貸し家の野郎といえば子どもと同じ。
 子の不幸について、親としては、通夜の支度くれえは面倒みてもらいたい。
 長屋の皆は忙しいだろうから来れなかろう。
 とはいえ世間並みにとは云わねぇが長屋の決まりほどの、香典と、通夜の酒と、煮物かなんかを用意して、一応格好付けて頂きたい。と、そう云ってこい。

 香典と酒に煮物を、持って来いだなんて……。
 いや、さきほど云ったように、ですね。
 おっしゃることは分かるんですが。この長屋じゃ、らくださんはどうしようもない嫌われ者でして。迷惑ばかりをかけ通しでしてね。

 がたがた云わねぇで、すぐ行って来い!

 香典はもちろん、らくださんには、誰も何も出さないと思うので。

 うるせい。
 いいか。もし香典や通夜の酒煮物を持ってこねぇって時はな、死人を運んで来るから、後は面倒を頼むと、そう脅してやれ。
 行かねえかこの野郎!
 がたがた云いやがるとぉ。

 わーっ、分かりました。
 何とも乱暴な人だなぁ。


   *


 おはよう、ございます。

 おう。屑屋さんじゃないか。今日はいやに早いな。
 どうしたい。

 へえ……あのぅ。実はそのぉ、らくださんの、ことなんですが……。

 らくだ!?
 おい、らくだがまたどこかで、何かやらかしたのかい?
 しょうがないね。もうあたしゃ奉行所に引き取りに行くのは御免だよ。

 いえ。
 ……いや実はそのぉ。死にまして。夕べ。
 それで、まぁ、ご連絡へ。

 何だってぇ!?
 聞き違いかね。らくだが、死んだって、そう云ったかい。

 へえ。たしかに。らくださんが、死んだと。

 おい。ウソじゃないんだろうな。
 ほんとに、死んだ。あの、らくだが。
 冗談は無しだよ。

 へえ。本当なんで。

 へっへっへ、うへへへ。あの、らくだが、死んだ。
 死んでくれたかぁ。
 いやこりゃ目出度い。
 うんうん。よく知らせてくれた。さっそく長屋の皆にもお知えてやろう。
 で、あのらくだが、どうやって死んでくれた。
 何んにしても目出度い。いや実に今朝は良い朝だ。そうかいそうかい。うっひぇっひぇっ。らくだがねぇ。

 夕べ、フグを食ったらしいので。
 それで……なのですがぁ。今、らくださんの兄貴分が来ているんです。

 フグで!? うふぇふぇふぇ。まあ何にしても良かった。
 なに、兄貴分が。らくだのかい。へえ、そうかい。

 で……、その兄貴分が云うにはですね。
 長屋決まりのですね。香典と……通夜の支度を、お願いしたいと、そう云えと……。

 香典!? 通夜の支度。誰が?
 まさか、このわたしってんじゃないだろうね。

 実は、そうなんで。

 ばかを云うもんじゃぁない。
 おまえも知ってるじゃないか。あのらくだってやつはね。部屋貸して以来、これまで一度だって家賃を払ったことがないんだよ。
 請求すると、無いものは払えねえってヤがって、棒きれ振り上げて襲ってくる。
 ある時なんざ、買ったかばかりの下駄を、逃げ出すはずみで脱げてしまった。取りに戻るに行くと、あいつめ、返さずその下駄を履いているじゃないか。
 なぁ、そういうやつなんだ。
 だから、帰ってその兄貴分に云っておくれ。
 この長屋では、だーれも通夜など行きやしないってな。まして香典なんてとんでもない。
 払えなくなった家賃の棒引きが、せめてもの香典だってな。

 それが……いやわたしもそう云ったんですが……。
 もしもつべこべ云ったら、死人を運び込んでやるって。

 なんだとう。そーんな脅しを云ったのか。
 ああそうかい。このわたしも、少しはうるさい大家と言われる男だ。
 今婆さんと二人で退屈してんだ。死人を持って来れるなら、せいぜい拝ませて頂こうじゃないか。

   *

 おう。屑屋、戻ったか。どうだった。

 それがやはり……。

 だめか。
 おめぇ死人を持ってくるって、そう云ったか。

 云いました。ですが、まったく効き目無しで。

 よし。分かった。
 おめえ、そこで後ろ向きになれ。そしてしゃがみ込め。

 はあぁ。しゃがむって、こうですか。
 ひぇーっ。
 カンベンしてくださいな、もう。

 がたがた云うんじゃねぇや。
 さあ、よいっしょっと。腰に力入れろ。
 こうして、らくだを背負って。
 さあ、大家んとこへ行くぞ。おい、しっかり歩け。商売で担ぎ物してんだろうが。

 そんなこと云ったって。うひぇー。らくださんの顔が、わたしの首にあたってますよぉ。
 うへぇ、冷てえ。

 おう。居るか。ごめんよ。
 大家ってなぁこっちかい。
 死人を見たいそうだが。さあ見てもらおうじゃねえか。
 せっかくだ、屑屋、何んか歌え。
 あらよっと。トンテケトンテケと。

 うああー……。これこれ。おい、止めろやめろ。
 ひゃー。家に入れるんじゃない。
 とんでもないやつだ。本当に持ってくるとは。わ、分かったわかった。
 すぐに通夜の酒と煮物、香典といっしょに届けますんでな。どうかどうか、お引き取りを。


   *

 おう。屑屋。ご苦労だったな。
 さあ、らくだを、寝かせてやれ。

 ふう。
 いやぁ、それにしてもあの強情な大家さんの驚いた顔。
 わたしは初めて見ました。くくく・・。

 そうかい。
 まあ、これで通夜は良いとしてだ。
 おい、屑屋。この辺に漬け物屋か八百屋は無えか。
 なに長屋の先にある。
 じゃあ、行ってな、古桶もらって来い。

 桶!? あたしが?
 もうカンベンしてくださいよ。わたしが今日商売しないと、家の者が食えないんですから。
 明日の飯釜の蓋が開かないという様なことになっちゃまうんで。

 うルせぇ。
 こつとら弔いの準備真っ最中なんだ。
 棺桶にする桶だよ。焼き場まで要り用なんだ。
 おめえも、まあ乗りかかった舟だ。
 仏事を疎かにしちゃあ地獄に堕ちるってもんだ。さあ行って来い。
 古桶が無えの呉れねえのと言ったらだな。

 分かってますよ。死人の踊りですよねぇ。

 おうよ。分かってるじゃねえか。

 どうも参ったなあ。
 では、ちょっと行って来ます。


    *

 こんちわ。

 おう。早いね、屑屋さん。

 はあ……。

 どうした。屑屋さん、元気ないじゃないか。

 じつは、らくださんが……。

 らくだ!? またなにか、ひどいことされたのかい。

 そうではなくて、らくださんが、死にました。

 えっ。死んだ。
 あの鼻つまみが、死んだ!?
 それはまあ良いことだ。
 長屋のみんな喜んだろう。赤飯ものだねえ。
 あいつは、うちの店の常連客なんだ。だがね金を払ったことがないんだからねぇ。
 通りがかっては何かかにかもって行ったんだ。
 で、屑屋さんが、殺ってくれたのかい。

 ぶるるる。
 とんでもない。フグがあたったので。

 フグか。へーえ。
 で、屑屋さんは、らくだの親戚かなんか、なのかい。

 らくださんの親戚だなんて、とんでもない。
 今朝、たまたまあそこを通ると、その兄貴分っていう人が居ましてね。
 これがまた、らくださんに輪をかけたような人でして。わたしが捕まってしまったわけで。
 何やかんや頼まれて……。嫌と言えず、参ってますわけで。

 参ってる!?

 ええ。先ほども、通夜の支度を頼んでこいと云われて、大家さんのところへ行ったのですが。断わられて。

 そりゃぁ当たり前だ。

 そしたら、大家さんとこへ行って。
 それも、らくださんの死骸を、わたしに背負わせて、運び込んで。
 それを、あの人は踊らせるんです。

 な、なんだってぇ! 
 死骸を運んで、踊らせたぁ。
 と、とんでもないねぇ。

 そうなんで。
 らくださんに、輪をかけたようなひとでして。

 そんなことされちゃ、こちらも商売に差しつかえる。
 いいから、その辺の桶を持っ行きな。
 ぶるるる。関わり合ったら、いらいことだ。なんまんだぶ、なんまんだぶ。


   *

 おう貰ってきたか。
 いま大家んとこから、香典と、酒三本、煮物一丼が届いた。
 なかなか良い酒だぜ。おめえも飲んでみな。
 死人背負ったんだ、清めなくちゃいけねぇやなぁ。

 いいえ。わたしはもう仕事に行かないと。
 どうか商売道具を、こちらえお返しを。

 まあ、いいじゃねえか。
 な、ご苦労分の酒だ。嫌いじゃねえんだろう。

 そりゃまあ。
 いいえ。何分わたしが仕事をしないことには。

 釜の蓋が開かねえんだろう。
 分かった。
 まあ無理は言わねぇ。だからこれ一杯。清めに、ぐっと空けて。そんで仕事に行けばいいじゃねぇか。

 はあ……。それじゃぁ、せっかくですんで。
 これ一杯だけ……ぐびっ……。では。

 おう屑屋。また飲みっぷり良いじゃねぇか。
 ええっどうだ、良い酒だろう。
 へへっ、大家の野郎よほど利いたとみえるな。どうだ、もう一杯。
 ほれ、出しな。

 いいえ、もう結構ですので。
 おっと、あ、いやぁ、困りますそんなに……。
 仕方ないなぁ。こくっこくっ……。

 屑屋。おめえ底なしだねぇ。いや、注ぎ甲斐あるってもんだ。さあ、もう一杯いこう。
 いいじゃねえか、助けてもらったんだ。なぁ、つき合えよ。

 ふう。こ、困ります。
 でも……この酒なかなか美味いですねぇ。
 ふふ、あの大家さんがねぇ。こんな良い酒を。
 いや、よほど驚いたんだ。
 うふふ、初めてだなぁ驚いた大家のあの顔。
 堪えたんですよ。ひくっ。えっ。もう、一杯?
 いやぁもうこの辺で、仕事しなくては。えっ、煮物も? そうですか。じゃあ、もひとつだけ。ひくっ。頂きますか。とっとっと。
 でも、わたしゃあね。思うんですが、あなたは、偉い方だ。
 いやほんとうに、そう思うんだなぁ。
 いや、出来ることじゃない。
 なにって、あなたは、一銭も金使わないで。そんでもって弟分を弔うってんだから。
 世の中ではね、お金持っていたって、学が有っても、偉いなんて云われていてもですよ。ひくっ。なかなか。ひくひくっ。ひとの面倒なんて、みれるもんじゃぁないっ。
 ねっ。そりゃあね。みーんな体裁の良いことは云いますよ。立派なことは、云う。
 何か迷惑かければ、散々指さしたり悪口も云います。
 でもねぇ、いざわが骨身を惜しんで他人のことをやるかとなれば……ね、なっかなか実の親や兄弟にだってね、ふーぅ、仕事がどうだ、都合がこうだってね、大抵は、逃げてしまうんですよぉ。ねっ。でしょうぉ。
 でも、あんたは、違う!
 偉いねぇ。
 なーっかなかぁ、出来るこっちゃあ有りませんよ。ひくっ。
 せっかくだから、ういっ、もう一杯、頂くか。

 もう一杯行くか。まあ、いいけど。……おめえ、仕事の方は大丈夫か。
 釜の蓋、開かないんじゃねえのかい。

 えっ。ああ、釜の、蓋、ね。
 うぃー。だ、だいじょうぶ、ですよ。へへっ。

 おふくろも、居るんじゃねぇのかい。明日の朝困るんじゃねえのか。

 ばっ、ばっか云っちゃいけません、って。ういー。
 一日や、二日で、日干しになっちゃう様な屑屋とは、わけが違うってぇの。
 じょーだんじゃねえやい。おい注げよ。

 屑屋。おめえ、酒癖わるいねぇ。
 な、止めとけよ、もう。な、やめとけ。

 てっ! ばかやろう。飲ませたのは、だ、誰だ。
 なんだ、おい、注げねえってのかぁ! 注げ。
 ばっか、やろう。これぱかしの酒、飲めねえおれ様じゃねーや。

 な、止めとけ。
 酒、もう無えんだよ。

 な、なんだとう!? 酒が、無ぇだとぉ。ふざけやがって。もう無えってやがら。しょうがねえなあったく。
 おう、兄貴とやら。酒が無ぇんならよぉ、大家の所へ催促してこい。
 なんだぁこの野郎。そんなに何度も貰えません? へっそんなことあるもんか。ひくっ。
 もしも、もしもだなぁ。酒を、よこすよこさねえとぬかしたらよぉ、死人を持って来て、うぃー、マンボでもラップでも踊らせると、そう云って来〜い!


 おあとがよろしいようで。
 以上、らくだ、でした。



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