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夢舟亭
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エッセイ   夢舟亭      2008年05月01日

     ロウドウシャ!?

 五月(さつき)の青空に鯉のぼりが泳ぐ。
 この国の清々しい五月の心躍る風景です。

 誕生した男児を祝う家族の思いはおなじ。
 すくすくのびのびと育て。あの鯉のように。

 すくすく、は身体。のびのび、は心。
 心身の健やかさをもって健康という。
 壮健な体には健全な心が宿る。

 五月五日はこどもの日。

 英語で五月はMay。メイと読む。
 五月の日はMayの日、May Day。メーデーという。
 訪れた春の日を歓ぶことをヨーロッパではメーデーといわれてきたとか。

 わが国でメーデーといえば、五月最初の日。メーデー、労働祭のことを指す。
 それぞれ職をもって働き給料を手にする。
 自分と家族の生活を支える人。サラリーマンやサラリーウーマン。
 それを労働者という。

 けれど「ロウドウシャ」と声にするとどこかヤボな響きがする。
 そのせいか五月一日にメーデーの記事やニュースは目に付かない。
 給料、あるいは給与、サラリーで生活しているのは間違いない。
 けれどいまいちピンとこない「ロウドウシャ」本人自身。
 自分を指す日本語の名詞なのに自分には不似合いな印象をもつのはなぜだろう。

 メーデーを労働祭といわずに「サラリーマン祝いの日」とでもよべばいいのだろうか。
 もしも明日から給料を絶たれでもしたなら、家族の衣食住はまかなえない。皆で路頭に迷う。それがサラリー人と家族。
 雇われ人の弱みがそこにあるのを知らない人はいないのではないでしょうか。
 収入源は働く場である。
 そのために仕事があり職をもつ。それを行う人は皆労働者です。

 五月一日メーデーは勤労感謝の日とは意味がちがう。
 昔のわが国のたいがいの人々、市民はほとんどが農業を仕事にしていた。
 今そんなことを言っても信じられないほど土地と農業から離れた家庭がおおい。
 昔の地方で土地を所有しているのは限られた地主だけだった。
 ほとんどが一人の地主のものであるという地域も珍しくなかった。
 だからほとんどの市民は自分の土地など持てずにそれを借りて働く小作人だった。
 その借賃は一年の苦労の末に取り入れで実った作物をささげて返した。
 今でいう国への税金もまたおなじく作物で納めた。

 不作の年は大変です。
 納めてしまうと家族の分がなかったり、下手すれば残らなかった。
 次の年の実りの秋まで何を食べて暮らそうかとなる。
 そこへ子どもなど生まれたりしたら・・。
 以前に朝の連続ドラマ「おしん」が放映された。
 あれが地方の小作農家族の姿であり幼少期の様子だった。
 もっともあれは政治色を排してあって地主と小作人の関係はあいまいだった気がします。

 欧州などでいう貴族にあたる地主の存在は、先の第二次世界大戦の勝者である連合軍(GHQ:米軍)が進駐して日本の社会を改革するまで続いたようです。
 農地改革とか農地解放という政策により政府が地主から土地を没収した。
 それを小作人であった人々に分け与えた。
 それが1947年。土地をもつ市民農家がこの国にやっと出現したことになる。
 終戦が1945年ですからけして大昔のはなしではない。わずか60年前。

 農家は長男が農業を継ぐ。第一次産業といわれる農林漁業。
 弟や妹たちは、職をもとめて都会に出た。
 隣の家も向かいのお家も会社に勤めるサラリーマンという生活スタイルは、戦後復興によって増えた第二次産業に仕事を求めた人が増えたことによる。
 そこで勤め人サラリーマンといわれる雇われて働く人が増えたのでした。
 卒業時期になると集団就職と称して、いなかからどっと都会に出た人の移動もつづきました。

 世界の多くで似たような労働人口の移動があったようです。
 でも皆が働きやすく高収入というわけではなかった。
 そこで身体ひとつで働く者たちが賃金や職場の条件改善をもとめる思いをおなじくして、手をとりあって集まった。それが労働クミアイ(組合)という組織。
 地主にものも言えなかった人たちが都会に出て職を得て、いっしょになって申し述べることができるようになったのはこの労働組合が認められたから。

 まぁ雇い主にしてみればあまり嬉しいことではなかったかもしれません。
 であってみれば、使わないで済んできた出費をおさえたい雇い主たちの反対阻止もあったことでしょう。
 ですが時代のながれか世界の趨勢か、これもまた米軍占領の下に労働法、労働基準法、労働組合法・・・と紆余曲折のなかで敷かれたのでした。

 それによりサラリー生活する労働者が、不利になって苦しまないで済むようになったことは大変な進歩でしょう。
 現在のサラリーマンの賃金はそうした人々の要求の繰り返しの結果なのでしょう。
 ロウドウシャの権利はこうして高められて今日に至っているようです。
 であってみれば働く者の権利獲得を歓び、祝い、さらに良い生活をもとめることを誓うべき日がメーデーの日なのではないでしょうか。

 そうであるべきなのだが・・。
 労働者の権利などと今言うならおいおい冗談じゃないといわれそうです。
 というのも近年の私のメモに、雇う側雇われる側に関係しそうな文字言葉が目立つわけです。たとえば−−

 経費節減、人員整理、希望退職、リストラ、グローバリズム、ベルトコンベア廃止立ちっぱなし作業、セル生産方式、ジャストインタイム、トヨタカンバン生産方式、24時間営業、コンビニ1万店舗、男女雇用機会均等法、Brics、海外生産、現地調達、コストダウン、コストカット、価格破壊、史上最高益、東京新銀行、貸し渋り、下請法、バーンアウト、深夜保育、社内失業、産業の空洞化、横ばい賃金、ベースアップゼロ、IT化、アウトソーシング、日雇い労働、非正規、パート、フリーター、派遣社員、サービス残業、3万人自殺者、ホームレス、ワーキングプア、働き過ぎ、労働破壊、賃金破壊、深夜営業、ネットカフェ、パラサイト、ニート、引きこもり、うつ病増加、名ばかり管理職、ワークライフバランス、ホワイトイクゼブション、請負法違反、成果主義、終身雇用年功序列崩壊、2007年問題、団塊世代大量退職、定年延長、年金問題、格差社会、地方の過疎化破産、ガソリン税、特定財源、サブプライムローン問題、高齢者医療、少子化、長寿化。

 ・・と終戦のころの貧しき労働者とはまた違った意味の、労働者がおかれるすさまじいい現実が浮かび上がってくるように思いますがいかがでしょう。

 下手をすると昭和の中頃よりも労働者のおかれている状況は悪くなっているようにも思われるのです。
 都会系の雇われ人サラリーマンとはいえ、一人ひとりの失業不安や賃金の乏しさと老い先を思えば、その昔のひもじい小作農の立場とあまり違わないかもしれない。
 社会全体が昔のように貧しくはないけれど、相対的にみれば雇う側と雇われて働く人たちとの生活レベル差は、小作農の当時とまた似てきているのかもしれません。

 これでは五月の鯉のぼりどころか、とても子どもだって生めやしない。
 いやいや結婚だってむずかしいと嘆く若い声が聞こえる気がします。

 それだけに働く者のおなじ不安や悩みは共有するべきなのでしょう。
 雇い主に問題提起できる権利を許されて保証されているのだから。
 実情に逆行するように自らの権利を放棄するかのように、労働者の繋がりの要である組合やそれに見合うものが、必要な今その存在を示せず、機能していないように見える。なんとも不思議なのです。

 サラリーマンパレードとでもいうべき労働祭、五月メーデーに集うこともないようなのだが。働く若い人は互いの思いをひとつに集う組織の存在も権利やその意味も知らないで、孤立していないのだろうか。働く人は6700万人もいる。なかで30歳未満が1300万人。
 人口の半分にもなろう数の働く人々が法が認める権利を理解して主張を固めて、賢く主張できれば最強なのだろう。
 けれど雇われて働く人々はますます安賃で買いたたかれている。
 不要となれば物や道具のように扱われてしまっているのではないのだろうか。

 そもそも労働組合などというものはその役割を終えた、などとしたり顔でいう人もいる。
 では今そういう寄る辺ない働く人たちを救う手だてというものはあるだろうか。



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夢舟亭
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