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夢舟亭
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<この文章は商業的な意図をもって書かれたものではありません>

エッセイ  夢舟亭    2008年9月20日


   青少年のための管弦楽入門(ブリテン)


 今私が居るこの部屋はとくに自慢できるような構造と配置の部屋ではありません。
 書斎兼昼寝部屋。あくびしながらの読書や書き物の部屋であり、音楽鑑賞に多少気をつかった20畳ほどの自称ミニミニホール。

 もともと音楽好きで電子機器に興味がある私は、リフォーム時に壁内と天井に遮音を施し、床の一部を強化して音響機器を入れ替えた。
 それが十年ほど前。
 安普請なのだから今どきふうの坪辺り何十万円などのハイセンスな雑誌グラビアごとき望外なものではなく。なんとなくだだっ広い空間。

 元々そんなスペースを私独りが確保できていたわけではない。
 四男子と親と、夫婦が住んで。
 増えるたび生まれるごとに、拡張に拡張をくり返した末に。
 子どもらが育って巣立ってみれば。未使用部屋が並んで空き家同然。

 部屋というものは使わず放っておくとダメになる。
 じっさい床や壁だのが奥の部屋からダメになっていった。
 これは遺憾と思ったが、まさか階下を壊して取り払うわけにゆかない。
 そんなわけで有効利用のために連結リフォームして私専用としたわけ。

 家人に平身低頭のおねだりをしたのが数年前。身分不相応な音響装置が少しずつ並んでしまった。
 であるから、ほかにお金のかかる趣味は一切許されず。ただ一心に、働きづめでいる現役の身です。

 で、今年の初夏。
 音響関係の雑誌を見ていたら、ふいと部屋の反響共鳴が気になりだした。
 シアターを想定したスピーカー背面のむき出し白壁が、回り込む音を不要に反射している。
 右壁と左戸は、材質が異なるのでこれもアンバランスに反響している。
 スピーカーが向き合う前面はガラス戸。カーテンがあるが開けておけばはこれも反射する。床もむき出しはいけない。
 天井は多少凹凸を貼ってあったが・・と要らぬ反射音をまき散らしている面が多いようなのだ。

 気になりだすと居ても立ってもいられない。
 そこで子どもたちが使い古して仕舞い置かれていた毛布類を、押入や倉庫から引っ張り出しては、気になるそちこちにぶら下げて響きの低減を図る毎夜となった。
 いっさいの美観を無視した種々模様の毛布アートは、ピカソ系キュビズム壁画状態。

 なあに、音楽を楽しむのは夜です。
 部屋の照明を消しさえすればそぉんなものは見えません。と、独り合点で納得。
 すると家人が眉をしかめて言うことにゃ。狂人はみんなそういう自己弁護をするんです。
 えい、しょせん門外漢には理解できないこと。と、この件についての家人の声は取りあわず。
 夜ごと自室の闇に独り。薄気味悪くも自己満足げに、好みのCDに耳を傾けているのデス。

 すると闇の部屋はCDに録音された音だけが流れて再現されて。
 真ん中に置かれた一人用椅子がウィーンの楽友協会大ホールのS席になったり、アメリカのカーネーギーホールのど真ん中に移ったり。
 あるいはニューヨークのジャズクラブ。はたまたヨーロッパの教会。そちこちの録音スタジオに居るような、きわめてうひっひっひな気分なのです。


 要らぬ反射音の撲滅はなぜ必要なのか、ですが。
 LP時代から現在のCDまで、みんなステレオ録音でありますことはどちら様もご承知のこと。
 ステレオとは立体。音が前後左右に広がって聞こえる。
 映像でいえば、どばーっと立体的に飛びだす3Dのごときもの。

 ちょっと前に、立体写真というものがあった。
 左右の目で別々に並べ置いた写真をのぞくと、風景などが遠近感をともなって見えたものです。

 目と同じく耳もまた、左右にある。
 それによって音の位置が感知できる。

 演奏者が録音の場で前後左右に広がって並んで演奏すれば。
 録られるその音はそれぞれ左右別なマイクロホンを経て、CDに別れて記録される。
 これがステレオ録音。

 それをそれぞれ左右の耳に別々に伝えられると。
 元の演奏者の配置である前後左右の並びそのままが、再現されて聞こえる。

 イヤホンタイプのハンディ再生機器で手っ取り早くそれを聴くことができる。
 左右の耳にとどく音それぞれによって、頭の中にステージが再現される。
 ステレオ再生の基本原理です。

 ただし、近年の若者系の音楽の伴奏に、生身のオーケストラ奏者は滅多に使わない。
 位置もあいまいな電子造成音シンセサイザーが多用されている。だから自然な配置など聞けない。
 であるからして、くれぐれもクラシックのフルオーケストラでご確認を願いたい。

 さてこの効果は部屋でも左右に置かれたスピーカーからそれぞれに鳴らした音により、左右の広がりと奥行きが再現される。
 つまり聴く者の眼前に奏者が録音時のように並んで聞こえる。
 日ごろ気にとめる人は少ないが、ステレオ再生の方式が考案されて以来、今もこの方式で録られているのだから。
 左右2チャンネルステレオの方式は、2組のスピーカーを売るための商売の方策や飾りではないのであります。

 もともとラジオやレコードの音を聞くのは1個のスピーカーで間に合っていた。
 それが今を去ること70年ほど前の1937年。
 パリ博覧会会場において、2台の電話を使ったある人が移動する車や人々の音で、偶然にもこの原理に気付いたといわれる。
 以来多くの音響関係の会社や研究機関が日夜精魂かたむけて、試験実験をトライして実現して現在に至っているのであ〜る。

 さらには左右2組だけでは物足りないとばかりに、今ではDVDの映像をもりあげる音において前後左右の周囲に4組。
 それに加えること前面中央に1組。さらに重低音を1組。
 合計5.1チャンネルに包まれたサラウンドなどという仕組みもすでに珍しくないわけです。

 それはともかく基本の左右2チャンネルです。
 その再現精度は出てきた音だけが何ものにも影響されず邪魔されず、不要な音が付加されないで耳に届けば、計算通りになるのだけれど・・。
 不要な響きに邪魔されず惑わされず、耳にCDからの音だけとどくことは、現実家庭の生活環境では、なかなか難しい条件です。

 以前はそちこちに反射共鳴すると音が響いて良い音だ。左右のスピーカーの間で、まあ大体ステレオね的な聴き方で満足できた。
 ですが部屋の響きなど不要なのが高性能で精密な現代の装置機器類。
 それらは不要な反射を無くして設置角度でピントが合ったときには。それはそれは立体写真のように見事に。左右の広さと奥行きのあるステージに演奏楽器位置が再現されるのです。

 だが造ったままの部屋の壁やほか建具がむき出しのままでは、いびつなレンズで絵を見るように。音の姿がズレて歪んで聞こえてしまうのです。
 その、そちこちの不要反射音を消すために毛布などを貼り、また左右対向物の角度を変えたと、そういうわけなのであります。


 では左様に聞こえるべき演奏ステージの奏者の居並びは、と言えば。
 一般的なクラシックオーケストラ、管弦楽団なら。

 左から右に向かって第一ヴァイオリン群、さらに右中央に第二ヴァイオリン群と、指揮者を中心に扇形に広がっている。
 そして中央からさらに右に向かって、音程が下がってビオラ、チェロ、コントラバスと弦楽器群が、左に向かって広がる。
 その奥には管楽器群であるトランペット、トロンボーン、クラリネット、フルートなどが左右に並び。
 奥上段には打楽器のティンパニーや大太鼓、スネアドラム。シンバル、ドラ、トライアングル、カスタネットなどが控えている。
 全員でほぼ100名。

 かくのごとくわが部屋にも音で再現される。
 整列したオーケストラが眼前にあるべき音の配置で並ぶはずなのです。

 でもねぇCDの音なんて聞こえればそれで良いではないスか。
 家は住み心地優先です。
 というなら、むろんこのようなことは徒労以外のなにものでもないのです。
 小人閑居してはさほど善も成さず、ですねなどとわが家人のごとく一笑に伏してしまえる微々たる変化と満足感のものでしかないのであります。
 壁という壁、ドアの多くに、古びた毛布を下げて被って。いったいなぁんですかこれは? とあきれた家人は、大丈夫なんでしょうね、とわが汗にじむ顔の目の奥をのぞき込んだのも、まぁ無理からぬこと。

 しかしながら。
 こだわりと苦労の先にこそ感動有りというのが、趣味道楽の常。
 一度この配列において交響曲のひとつも鑑賞確認できたなら・・もう止められません。


 大体こんなところかなぁと、一息ついたのが9月。
 さてこの試行錯誤に合格印を押すには何を聴けばよいか。
 取りだしたのが当文章の主題、「青少年のための管弦楽入門」。

 ジャンジャンジャーン、ジャーン。ジャラリラリラジャーン・・・。
 イギリスのベンジャミン・ブリテンの曲です。
 曲名のごとく、管弦楽団、オーケストラを知るための、聴く教科書といえる曲です。

 先に申したごとく、ステレオ録音であれば、この曲を演奏するオーケストラの全楽器が定位置から聞こえてくるはずなのです。
 奏者は次々に「ほら私はここですよぉ」と右や左、手前や奥の位置で演奏で教えてくれる曲なのです。
 まさに、私の毛布実験の苦労の成果が確認できる何よりの曲。
 いやぁこのためにこそブリテン先生が創ってくれたのではないかと、ただ感涙にむせぶ思いです。

 では−−
 全合奏で始まる。
 まず奥の左右に広がって居る管楽器です。
 フルート。オーボエ、クラリネット、バスーン(ファゴット)の木管系。
 次にさらに奥の金管。トランペット、ホルン、トロンボーン、チューバです。

 そして前面に弦楽器群が前後に複数で、右端から第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリンと中央に向かって並び、奥にハープも居ます。
 中央から左に向かって並ぶのはヴィオラ、チェロ。その奥にベース。

 最奥の段には打楽器。ティンパニー、シンバル、大太鼓、小太鼓(スネアドラム)、ドラ、木琴、タンブリン、カスタネット。木魚や拍子木も。

 それぞれが順々に演奏してくれるのです。

 ここで補足しておかねばならないのは、実際はただ楽器奏者の位置を知るといっても、オーケストラによって指揮者や、曲目によって。使われる楽器もその数も、位置も異なります。

 また「青少年のための管弦楽入門」の曲の目的も、たんに位置を知るというのではなく。
 楽器の音色を知ることからはじまり、それぞれ演奏楽器の組み合わせによる協奏音の妙味も重要な聴きどころです。
 ほかの交響曲を聴いたときに、ああこの部分はあの楽器とその楽器が演奏している音なんだと分かるためにも。大きい音小さい音。速い演奏、静かな調べにと。
 ブリテン先生はあくまでも音楽的な面を主眼とした交響楽として作曲されていることは言うまでもありません。

 したがって私の今回のこの曲の用途はけして本道ではなく、そういう邪道もあるということです。

 それはともかく、マイ・ミニミニホールの音響状態の検査はほぼ合格。
 今期オータムコンサートの準備は整ったようです。
 この後、どこのホールS席イメージで誰の何の曲を聴こうか。

 それはまた次のお楽しみとして。
 今回の準備奮闘の記をひとまず終えることにいたします。


オーケストラ(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
ウィーン・フィルハーモニーオーケストラ
ベルリン・フィルハーモニーオーケストラ


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