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夢舟亭
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夢舟亭 エッセイ    2009年06月06日




    落語【佃祭り】



 お祭りはお好きですか。

 海外でもカーニバルは多いでしょうけれど、国内もいたるところに、四季を通じてお祭りがあるようです。

 伝統ある趣向を凝らした飾りや装いで、熱の入った地元の人たちの盛り上がりに、つい引き込まれてしまいます。
 だからその季節になるとまた足が向いてしまう。

 にぎわいのなかに紛れて、御輿(みこし)の飾りが目にはいると、揃いのはっぴなどがかけ声とともに押し合いながら行き交うと、もう心は浮きうき。


 今回の「佃祭り」という落語は、江戸の、佃(つくだ)、のお祭りの話です。

 佃は、正確には「佃島」。
 現在の東京都中央区。

 隅田川河口にあった、島です。
 島というけれど、現在は埋め立てられ地続きとなっている。

 昆布などのあの佃煮(つくだに)の原産地とのことです。

 当時は島の、佃。
 その祭りに、江戸からは、渡し船で行くことになる。

 帰りは最終舟に乗れなければ、帰れない。
 島で夜を明かすしかない。

 さて、今回の主人公は、小間物屋の次郎兵衛さんです。
 気持ちの好いこのひとは、おかみさんとその老母と長屋で三人暮らし。

 今日は小間物の行商の仕事がお休み。

 お祭り好きな次郎兵衛さんは、さきほどから佃の祭りが気になってしょうがない。
 恋女房に、いっしょに行こうと誘っている。

  さっき聞いたんだがな。
  佃の祭りが、いいあんばいに仕上がっているそうだよ。
  祭りの賑わいってものは、いいもんだよぉ。
  な、どうだい。行ってみようよ。

 けれど出不精のおかみさんは、うんと言ってくれない。
 うん、どころか、外の女に目が向くようなのっておかしい、などと嫌みを言うしまつ。

 それでもしつこい次郎兵衛さんに、生きたきゃ自分ひとりで行けば、とへそを曲げられてしまう。

 次郎兵衛さんは、そちこち行商をして歩くくらいだから、あまり家にこもっている性格ではないのでしょう。
 ましてお祭りとなれば、いっそう見に行きたい気持ちはつのる。

  そうかい。行ってもいいんだね。

 と、一応の念をおしつつ、仕方なし。独りで出かける。


 さて、渡しの舟が佃島に近づく。
 もう祭りの賑わいや囃子の音が聞こえてきて、大いに心が躍る。

 見て、聞いて、眺め、ちょっといっぱいなどあって。
 そちこち歩いて、存分に祭りを楽しんで、疲れはてて。

 ふと気付けば、すでに渡しの舟、最終便の発つ時刻となる。

 これはいけない、と浜に行けば。
 江戸からの祭り好きの客たちで、ごったがえしている。

  どうかその隅にでも、わたしも乗せていただきたいのですがなぁ。

  いや、わたしこそ。

  はいこの子もなんとか。

 ・・と押し合いへし合いして乗るから、舟はかなり定員オーバー。
 ひしめき合うほどに小さな舟に乗りこんでいる。
 舟べりすれすれまで海面がひたひたしている。

  舟がでるぞ〜。

 それへ次郎兵衛さんも何とか追いすがって乗りこもうとする。

  どうかわたしも、その隅でけっこうですんで、お願いします。

 足をかけて、いましも乗り移ろうとする。と・・

  あのう。ちょっと。ちょっとうかがいますが……

 と後ろから声をかける若い女性があった。

  もう少しあけていただきたいので。
  はいすみません。ほんの少し空けて、もう少しお願いで。
  いや無理は承知です。
  なにぶん今夜帰らないことには……
  えっ? わたしに、用事が? どなたで?

  はい少々お伺いいたしますが……

  いやそれどころではないので。
  わたしはね、いまこの舟で帰らないと、女房のやつがうるさいもので。
  こんなときに用事と言われても困りますなぁ。
  はいそこ、その隅に。
  あぁちょっと待って。
  どうか乗せていただきたいのですが。

  いまから五年ほどまえ、江戸のあずま橋でございますが……

  えぇ、何ですかあなたは。
  わたしはね、この舟に、どうかその隅に……乗せていただきたので。
  あぁ舟頭さん、行っちゃだめですって。まだ乗ってませんのですから。

  五両のお金をお与えになって、身投げの娘を助けた、ということはございませんでしょうか。

  あぁあ。とうとう舟が出てしまいました。
  参りましたなぁ。何ですか、あなたは。突然に。
  何ですってぇ。あずま橋で、五両の金を、それがどうしましたってぇ?

  はい。五年まえに、あずま橋のうえで。
  五両の金を盗られた娘が、身投げをしようとしていたところを。
  お金を与えて、身投げなどしないで帰りなさいと、お助けになったことは……

  もう。あなたというひとは……
  舟が行っちゃった。どうも参りましたなぁ。
  見なさい、終い舟が……。
  またうちの女房ってものはねぇ、うるさいんだぁ。まいったなぁ。
  えっ。なんですって。五両を、娘さんに、あずま橋で……
  おう。そんなこと、ありましたね。

  やっぱりあのときの、旦那さま。
  いいえ、そこで見つけた後ろ姿が。もしや、と思って。
  それで着いてきたのですが。
  わたしが、あのときの、助けられた娘でございます。
  本当にありがとうございました。あの後こちらに嫁いでおります。

  えっ。あのときの。へぇ、すっかり良い奥様になられて。
  しかし困りましたなぁ。今夜中に帰りたいのに、もう舟がない。

  それなら旦那さま、ご安心を。
  家の亭主が舟頭をしておりますので。お送り申し上げましょう。
  それよりあの時は大変お世話になりまして。
  名前もお訊きしませんでただ泣いておりました。
  もう恥ずかしい限りでございます。
  お陰様でそのあと無事勤めまして、はいいまこちらに。

  そうですか、舟頭さんの奥さんに。
  舟で送っていただける。
  それは安心しました。
  いやどうなるかと思いましたぁ。
  でも変わるもんですなぁ。あのあどけない娘さんがこんなに立派な奥様にねぇ。

  立派というわけにもゆきませんが、どうにか佳い人に巡り会わせてていただきました。
  それというのも、身を投げて死のうという寸前にあなたさまに助けていただいて。
  生きていたから出来たはなし。
  旦那さまはわたしの命の恩人でございます。

  いや別に命の恩人などというほどではないけれど。

  さぁすぐそこですので是非うちにお寄りください。さぁ、どうぞ。
  命の恩人の旦那さまに、うちのひとからも御礼を申し上げてもらわなくては。
  このことはいつも話しているのですよ。

  いやぁ。ご立派な家だ。

  いいぇそんなことはございませんが。
  いえのひともすぐ戻ると思いますので。
  さぁお祭りですので、どうぞ一杯。

  と、とんでもない。
  旦那さまの居ないところで上がり込んでお酒など。

  何をおっしゃいます。あなた様は命の恩人。
  ごらんなさいませ、あの神棚。
  ほらあそこ。
  あずま橋の旦那様と。毎朝手を合わせているのですから。
  さぁ。

  それよりおかみさん。外が騒がしくありませんか。

  そういえば……

  おう。いま帰ったぜ。

  いいところへお帰りだったねぇ。
  おまえさん。こちらの旦那さま、ねっいつも話している命のご恩の。

  へぇ。そうかい。とうとう見つけたかい。
  それも祭りの日とは、お引き合わせってもんだぜ。
  お初にお目にかかります。あしゃこいつの亭主でして。
  命の恩人様の名前も聞かないできゃがったとはと、なんともどじなやつだといつも小言を言ってるわけで。いやお世話になりましてありがとうございました。

  何も命の恩人だなんていうほどのことではないのですから、どうか……

  そんなことありません旦那。
  こいつがいまこうしていられるのは旦那のお陰なんですから。
  そんなわけで今夜はゆっくりしてって頂きたいわけで。

  せっかくですが、それより今夜に帰らないと。女房が心配するあまり……。
  なにせ妬きもちやきなもので。
  どうか渡していただきたいのでして。

  そうですか。いや恩人の旦那のお望みとあれば。
  すぐにでもそうしたいところですがねぇ。
  いやどうも島が困ったことになって。
  これからあしゃちょっと出かけなくちゃいけねぇ。

  どうしたんだいおまえさん。

  じつはぁ、終い舟がひっくり返ぇちめやがって。
  酔ってた人ばかりじゃねえんだろうが、溺れてひとりも助からねぇようなんで。
  これから島のみんなでそれをひき上げてこなくちゃいけねぇ。

  ええっ! あの終い舟がですか……

  ひっくり返ったってかい、おまえさん。
  どうりで外が騒々しいと思ったよぉ。

  ああ。そんなわけで、旦那、もうおしわけねぇが、こいつの酌でやっててくださいな。

  わ、わたしは……じつは、あの舟に、乗るところでした。
  いやぁ、あの舟が…………

  旦那さま、よかったですわねぇ。

  こちらのおかみさんのお陰ですよ。
  もしも乗ってたら……だってわたしはまったく泳げないのですから。

  そうですかぁ。あの舟にねぇ。
  いや旦那はいつも善いことをなさっているから。だからこういうとき助かるんだ。
  お天道様はちゃーんと見てるんだねぇ。
  じゃぁ、あしゃちょっと出かけてきますんで。

 驚いて声もでない次郎兵衛さんの顔を、よかったですねぇと、あらためて見入るおかみさん。
 さぁどうぞお飲みになってくださいなと差し出す。
 けれど注がれる酒など目に入らない。


   ・


 さて長屋の、次郎兵衛さんの家では恋女房が待っている。

 夜が更けて、最終舟便が着く時間になっても、夫が帰ってこない。

 来ないどころか、表がさわがしい。
 外にでてみれば、佃島からの戻り舟がひっくり返ったという。
 さらには誰も助からないようだという。

 それを聞いた次郎兵衛さんの若妻とその老いた母は驚いて、だから言わんこちゃないんだと、老母のひざにしがみつくように泣き崩れてしまった。

 棟続きの長屋であってみれば、隣のその声に、住人がたがいに確かめ合いば。
 次郎兵衛さんが佃の祭りにひとりで出かけたということを知る。

 となれば・・・さぁ弔いの準備が隣組の役目だとなる。

  なんともねぇ、次郎兵衛さんのようないい人がなんでまた……

  まったくだ。神も仏もねぇってのはこのことですねぇ。

  あたしのような老いぼれが生きさらばえているなんて世の中は不公平ですねぇ。

 などと長屋のみなが、さっそく慰めの声をかけに寄る。
 そしてその月の代表者、月番がとりまとめて葬式準備にとりかかる。

  おかみさん。悲しみのところ申し訳ねぇんですがね。
  明日早くに何人かで行って次郎兵衛さんの遺体をひきとってくるわけです。
  そこでお訊きしたいんだが、次郎兵衛さんだと確かめる証のようなものはないでしょうか。はい、身体にね。
  なんせ海で溺れたとなると、顔はもちろん、着ものなどどうなっているか分からないのでねぇ。

  腕の、このあたりに。
  あたしの名前が彫ってあるので。それを……

 などというわけで、翌朝、それを目当てにしろとか、お坊さんは、棺はまだか、などと。
 悲しみですっかりしおれてしまっている母と娘のまわりで、長屋の人たちが役割にしたがって忙しい。


 さて次郎兵衛さんのほうは−−

 一晩ごちそうになって、早朝の舟で送ってもらい。
 いま岸にあがって挨拶を交わしていた。

  旦那。急ぐところをお泊めなどしてしまいまして。もうしわけありません。
  なにせ島のほうがあのように、とんでもねぇ忙しさになってしまったもので。

  いやいや。こちらこそご馳走さまでございました。
  また、おかみさんに声をかけていただいたお陰で命拾いをいたしました。
  うちはすぐそこですので、ちょっと寄っていただければよろしいのですがねぇ。

  いいぇ。これから死体の引き取りがくるんで、まだ今日一日忙しいわけで。
  ここで失礼いたします。
  こちらこそ、やっと巡り会えたあいつの命の恩人様ですんで。
  あとでふたりしてゆっくりお邪魔いたしやすんで。
  それじゃ失礼を。

  そうですか。それでは気をつけて。

 互いに、命の恩人だと深い礼を交わして。
 次郎兵衛さんは、佃から送ってくれた小波をゆらして戻る舟を見送るのでした。

 さてとふりもどると長屋が見えるあたりまで。
 そこで騒々しいのに気付く。

 はて誰かに、なにごとか起きたかとわが家の入り口。
 そこで「忌中」の貼り紙を見ておどろく。

  あれ、わが家ではないか。だ、だれが亡くなったんだい。

 次郎兵衛さんを迎えた長屋のみんなも驚いた。

  で、でたぁ〜……

 とうに死んでいたとおもうその次郎兵衛さんがそこに立っているのだ。

  ゆ、ゆ、ゆうれー……

  なんだどうしたんだよ。

  そ、そこ……

  えっ!? ああ……、じ、じろべえ。

 皆がみな指さしたまま腰をぬかすありさま。

  いったい誰が亡くなったんだい。

  おめぇ、だろ……

  わたし!?

  ゆ、ゆうべ、佃で。

  おぼれて、死んだろ。

  舟が、ひっくり返って。

  えっ。ああ、そうですか。
  それがねぇ。わたしはあの終い舟には、乗らなかったんですよ。
  五年ほどまえに、助けた当時の娘さんが、佃に嫁いでいて。
  たまたまその人に声をかけられてねぇ。

  そうですかい。
  おい、みんな。
  だからな、人助けはしておかなくちゃいけないねぇ。

  まったくだ、巡りめぐって……

  情けはひとの為ならず、ですなぁ。

  いや、いい話ですぞ。積善の家に余慶あり。
  なみあむだぶつ。

  おまえさん、よく帰っておくれだったねぇ。


 以上、【佃祭り】という噺(落語)、その一席のあらすじでした。

 じっさいの落語のほうは、そちこちにたっぷりと笑いを振りまきながら語られます。
 是非お楽しみいただきたいですね。







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