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夢舟亭
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夢舟亭 エッセイ    2004/01/21


   WATARIDORI
     (渡り鳥)


 十二月の中旬。
 休日に犬の散歩の山道を登った。

 急坂を二匹の犬に引っ張られて、はあはあと息吐いて。
 山のてっぺんにたどり着く。

 そこには町並みを座って見下ろせるベンチひとつ、朽ちてあった。
  はあ、ちょっと、はあ、休もう。
  お前たちは元気だだねぇ。
  ちょっと待ってくれよぉ。

 舌を出して白い息を吐き。
 それでもさらに前進を望む二犬の綱を引き戻し、顎をだしてはベンチの背に両手を衝いた。
 ひりつく喉で、あえいいた。と・・
 クエッ、クエッ、と聞こえる。
  ふむ!?

 辺りを見回す。
 そして上を。

 逆V字型の、とんがりを先にした体型を組んで。
 頭上にさしかかった白鳥の群れ、十数羽だった。

 わっさわっさと、羽音が近く感じるすぐ上を。
 みな一様に首を前方に伸ばして、白くふくれた身体から、両翼をひろげて上下してゆく。
 先頭がリーダーか。
 うしろの皆に声かけながら行くように見えた。
   さあみんな、もうすぐだ。
   おい翼に力がないな。もう少しだ。元気だせ。

 飛びゆくその白い姿の鳥たちに目が離せず。
 そしてなんとも胸に迫りくるものを感じた。

 突然に遭遇した上空の光景に、息切れも忘れて。
 雲のかなたに粒となって消えるまで、見送っていた。

   気をつけてなあ。無事に着いたら元気でまた来いよぉ。
   ああ、あの渡り鳥はどこから来て、どこへ飛んでゆくのだろうなぁ。


 川べりで白鳥に餌などやったことのある人は、そういう素朴な疑問をもったりします。
 でもたいがいは、そこまでのこと。

 だが、そうした疑問を具体的に確認すべく。
 数年がかりで撮り上げた映画があると、の新聞記事をメモしたことがあった。
 散歩から帰って白鳥の飛びゆく群を思い出して。
 メモ手帳を片手にさっそくレンタルヴィデオ店に出かけた。

 どうしたら渡り鳥を追って行けるか。
 渡る距離はどのくらいか。高度は、温度は。地理やコースは。
 撮影を企画した彼らは、苦心さんたん試行錯誤の末に。
 鳥と一体になることを決意したという。
 そして卵や雛の時点からその行動をともにしたのだった。

 それが「WATARIDORI(渡り鳥)」という映画だ。
 2003年フランス制作のドキュメンタリー作品。

 観ると、数々の撮影技術を駆使しただろうことは映像からうかがえる。
 一体どういうふうに撮ったんだろうとの思いを抱くシーンに再三再四出くわす。

 でもそういう気持ちもつかの間。
 観る自分が、映像の中の渡り鳥の群れの一羽になって、三千メートルもの上空を飛んでいる鳥に自分がなってしまう。

 そして手の届くほどの至近の前後左右には、精一杯両翼を振りつづける懸命でけなげな鳥たちの姿がある。
 そのことに言葉も失ってしまう。
 なにせ実写なのだ。

 だから撮影テクニックなど自慢されても、そこへ気持ちを向ける余裕はなくなるだろう。
 見る者は皆、渡り鳥の群れのなかで飛んでいるのだ。
 つまり撮影者と機材が渡り鳥になったということだ。

 フランスの小川から飛び発って。
 エッフェル塔を右に見てセーヌの橋をくぐり抜け。
 海岸に出て、数千キロの空の長旅は始まる。

 その様子のすべてを、観客として見るのではなく。
 鳥たちの群れに交じって飛んでいる視点が、今までのドキュメンタリーものと大きく違うのだ。

 映画の世界では、CGをはじめとした立体映像、360度映像、3Dなどと。その仕組みや装置を誇るものは過去にも多い。観て驚くシーンの連続というものあろう。

 だがこの映画は、それらとは取り組み方が基本的に違っている。
 自然の鳥たちの実写映像なのだ。
 それも、渡り鳥と共に飛んでいる。

 思えば夢である。
 そうだ、とても非現実的で夢のある、非日常的な企てだ。
 そこには、なによりも費やすだろう額を投じた、非生産的でさえある夢がある。

 だが考えてみれば、これほどに浮きうきして、空の彼方を見上げたくなるファンタステフィックな思いも少ないのではないか。
 もしも出来たなら、さぞかし楽しいことであろう、という夢だ。

 この映画の完成時点で、その夢が現実になった。

 観るひと以上に、撮影しながらのスタッフらもまた。
 ファインダーを涙で濡らしたのではないかと思える。
 鳥たちの精いっぱいの飛行がそこにあるのだから。

 無心で一心に、翼を上下しながら。
 嵐やなだれ、天敵の数々、そして大敵人間と。
 大自然が差し向ける責め苦にうち勝ちながら。
 目的地だけをめざす姿。
 それら映像に観る鳥たちは、人間に大きな勇気を与えてくる。

 ああ、鳥たちはこんな思いをしてまで遙かな旅をする運命にあるんだなあ・・・
 さあもう少しだ、ほれがんばれっ!





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