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夢舟亭
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エッセイ       2007年03月24日


     不思議な生物


 私の住む近くには温泉が多い。
 車で20分も走れば二三の温泉街に行けるのだ。

 大衆浴場はもちろん、たいがいの宿舎施設の温泉風呂は、行きずりの客に開放している。
 もちろん有料だが、私は月に何度か帰宅後に、夫婦連れでそうした温泉の湯に行く。

 今どきは、ほとんどが露天の岩湯船がそなえてある。
 そのほかにも、いろいろなタイプの湯槽が工夫されている。
 泡風呂、滝湯、ジェット槽、サウナ。
 なかにはプール併設のところもある。

 昨今は交通機関や道路事情のよさもあり遠方からも多く、客はそちこちの温泉に入り慣れている。つまり目(肌?)が肥えているというべきか。

 私たち夫婦の選択基準は、豪華さよりも浴槽の大きさだ。
 設備の新旧よりも、ゆったり感にこだわっている。
 1時間ほど、の〜んびりゆ〜っくり大湯船で、心身を解きほぐし、疲れを癒す。

 紀元前二・三世紀から勃興して栄えた古代ローマには、上下水道はもちろん市民浴場が完備していたという。
 周囲の国々を攻め落とし、傘下におさめると、都ローマに道をつないだことはよく知られているが、この浴場も必須設備だったという。
 その遺跡が2000年以上の後のいまもある。
 先年三大テノール歌手のコンサートが行われたカラカラ浴場もそのひとつだ。
 私なら「浴場」、のその一言で武器など捨てて軍門にくだりたいもの。


 ところで風呂上がりの自分のはだか姿を鏡で見て、ぷっと吹きだしたくなることがある。
 正直いえば広い浴室で目に映る他人のようすにも、おなじ思いをいだく。

 何千種類あるか分からない鳥獣種のなかで、身に一糸まとわない生まれたままの姿が、これほど滑稽で不様なものは、ほかにないのではないかと感じるほどなのだ。

 鳥類などは、どれも体を覆った羽毛が美しい。
 犬猫だって、みな体毛は素晴らしい。
 彼らは衣類など不要でいて、見栄えがよい。
 ペットに衣類を羽織らせる人がいるが、それこそ滑稽のきわみに思える。

 漱石センセイ作の猫が、「ヤカンのように体毛も無いつるつる顔」と人間を表現した。
 裸身に、早くなにか着けて覆い隠そうと、不安げで頼りなげな二本足の生物。
 その所在なげな面もちは、同類としてもかなり可笑しい。

 それにひきかえ、映像で見るゴリラのあの堂々とした姿。
 人間はとてもおよばないと思う。なんとも哀れみを感じてしまう。
 自信無さに前を隠して、丸めた背中もそうだが、ふりふりのまま道を歩む姿を想像しては、これもいっそう笑える。
 すっぽんぽん人体が、類人猿種のなかに並んだら、吹き出すほどにも見劣りするのではなかろうか。

 ついでに言わせていただけば、女性のはだかだってその点では五十歩百歩だ。
 大きい乳は、はだかで立つ姿勢としてかなり不自然に思えるのだがどうだろう。

 人間同種の、雌の動物的興味なればこそ、あれ程までにカンバスに描きレンズを向けシャッターを押し、絵の具やフィルムをムダにするけれど。
 ほかの生物多数決をもって、雌の裸体を選ぶなら。
 あんがい雌(め)牛の乳房が、生唾こみ上げる魅力だと最多数票を得るかもしれない。

 この人体というものは、身を被う甲羅もなければ、鱗や体毛、毛羽も無い。
 表皮は薄く、毛をべろりと剥されて肉や脂肪の剥きだしに近い。

 なにせ人体表皮などは、じつにひ弱だ。
 原野にでも出れば、草木に触れてひっかき傷がついてしまう。

 倉庫の掃除のときにゴミのなかから鼠の赤子が見つかったりするが。
 人の肌はまさに体毛もないままのあの子鼠の赤い柔肌にひとしく思える。
 それほどに人間の表皮は、大自然に生存するには適さず、無防備だ。
 たしかに山野にはだかでは住めないだろう。

 だが人間には頭脳があるぞ、と口をとがらす御仁も居られよう。
 おっしゃる通り!

 この頭脳こそが、頼りなげな「人科」の生物が、ほかの生物にとって身の毛もよだつ恐怖の壺となっていると思う。

 いま数十億にも増えた人間種族は、地上全域に住みひろがって。
 互いにわれ有利にといがみ合い。
 過剰なまでの防衛機材設備の考案と製造を競っている。

 その競い合いは、ときに同種の身体を破壊して、鮮血を噴きまき骨肉を粉砕する。
 この魔法の壺が思考考案して輩出する武器の数々は、その何十倍かの巨体生物さえも下に置く力がある。
 地上の生物のほとんどが、この知能に降参なのだ。

 人間は最強の魔力をもつ。
 なにせ人間自分たちをふくめた地上すべてだって、壊滅して余りある超絶な炎も生みだした。

 流血戦など野蛮である、と納まりかえった紳士淑女とて、内燃エンジン付き走るソファーに腰かけて。
 自分では見えない後ろのお尻から、黒い煙を吐いて行き来している。
 そうした煙の多さに、この地球のほか生物多種が、瀕死の病にむせっているという。


 そういう恐怖は承知なのだが・・

 膨れた腹を「く」の字二本足で支えて。
 ヨタヨタと不甲斐なく。
 湯船に浸かり、目を細め。
 頭に白いタオルなどのせて。
 無欲至福の満足顔。

 湯けむりにたたずむ、はだか無毛皮膚を互いに見るとき。

 この身体をほかの生物が見つける途端に、何をしでかすか分からない人間という生物の狂気さに戦慄する。
 その場にすくんで動けなくなるのだという。

 ・・とは、どうにもこうにも思えないのであります。

 どの顔も、ただただ、あぁあ極楽ごくらく。いい湯だぁ〜。
 なのですからねぇ。





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