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夢舟亭
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エッセイ     2003/01/14


    落語「天狗裁き」


 夢、ゆめ。
 というと、未来に希望をもつ夢もあれば、眠っていて見る夢もある。

 昨日、NHK-TV放映の「青春メッセイージ」を観た。
 若い方たちの、けして長いともいえないここまでの人生にあって、感銘や後悔そして先に向かった希望を話すのを聞いた。
 聞いているこちらが老いのせいもあろうが、「うんうん。そうかそうか」と、潤む眼に参ったのでした。


 さて、もう一方の夢。
 といえば、元旦から二日にかけて、宝船の折り紙を枕の下において見る初夢がある。

 もっともいまでは、「一富士、二鷹、三なすび」などと言っても分かってもらえまい。
 そうしたものを夢に見るかどうかで、今年の運の良さを占うほどのゆとりもなにも無くなってしまっている。
 そんなだから、毎年これが楽しみな私も、今年は折り紙をつい忘れてしまった。


 その寝て見る夢は、当然だが見る内容を選ぶことは出来ない。
 だから親子や夫婦でも同じに見るなどできやしない。
 また、見たか見なかったか。どんな夢だったかと記憶を話すのもなかなか難しい。
 そこで滑稽な話が生まれたりする。

 落語にあるそうした噺をラジオやテレビで聞いたものだ。
 「羽団扇(はうちわ)」というのがある。
 ご記憶あるかたも多いだろう。
 これは関東でのお題であり、立川談志師匠ほかがやっていた。
 西にゆくと「天狗裁き」と題名が変わる。
 桂米朝師匠のを聞いたことがある。

 話は、どんな夢を見たかと、入れ替わる登場人物に訊かれる。
 その大筋は同じなのだが、登場人物の多いストーリー性では西が面白い。
 ばかばかしいまでの面白さで笑えたのは東だった。

 今ではあまり聞けないこの噺。
 西と東をかき混ぜ適当に摘んでならべて、なぞってみたい。

   ・

 長屋に若い夫婦がいた。
 大晦日の除夜の寝不足か、おとその酔いのせいか。夫は気分よさそうに炬燵でうたた寝をしている。

 女房がそれを見ると、にやにやとしては何やらもそもそ寝言まで言っている。
 夢を見ているのだろうその様子が気になってしょうがない女房は、つい揺り起こしてしまう。

 ちょっと、あんた。
 ねっ、ゆめ見てたでしょう。
 どんなゆめか聞かせてよぉ〜。

 ふう。寝てたか。
 いや、ゆめなんて見ないし、おぼえてないよ。

 だってさ。にこにこして、ぶつぶつ言ってたわよ。

 憶えてねえって。
 見たら言うさ。

 んもぉ。たかがゆめなんだからぁ、構わないけど……。
 見たゆめ、あたしに言えないことなんでしょ。

 だから、見ていねえってば。
 おまえもしつこいねえ。おこるぞ。

 おこるだって。あ、さてはどっかにいいひと見っけて、そんで逢ってたんでしょぉ。


−−と、悋気もチラりと顔を出す。
  そこへ隣の兄き分の男が訪れた。


 おいおい。正月そうそう、犬も喰わねえ夫婦のなんとかい。若いてのはいいねぇ。

 あ、兄きぃ。

 まぁ兄さん。聞いてぇ。このひとね、正月そうそう。いやらしーいゆめなんか、ひとりで見てたのぉ。

 だからね。見てねえんだって。
 そう言ってんですが、どうにもこいつが……。

 まあまあ。いくら仲いい夫婦ったってよ。
 よりによって正月早々、ゆめ見たとかどうとかでケンカするもんかね。
 聞いちゃいられないね。

 でしょう。
 おい、新年祝いなんだから、兄きにいっぱい付けてくれよ。

 あら。そうね。あたしとしたことが、はいはい。
 ちょっと待ってね、兄さん。

 おい。いい女房じゃねぇか。
 大事にしなきゃいけねえよ。

 ま、そうなんですがね。
 どういうわけか妬くのがたまにキズ、ってんですかね。

 いいじゃねえか。そこがおめえ可愛いんじゃねぇか。
 そうか、ふふ。どんなゆめかって訊かれたか。
 で、そのゆめだけどさ。
 まあ……男同士なんだからぁ。この兄きに話せねぇことはねぃだろう。な、で、どんなんだったんだ。
 ちょっと、話してみな。えっ、これか?

−−皆に兄きとかなんとか呼ばれいるその男は、小指を立てて、にやっとする。
  見てないものは話せないと拒否する男。
  そうなると困ったのは兄きと呼ばれる男のほう。

 だから兄きさぁ……。

 おれもな。正月早々こんなところに来て、何もつまらねえ仲裁の真似なんかしたかねぇんだ。
 こんなことでおめえに裏切られるとは思わなかったぜ。

 裏切る!?
 だから兄きさぁ。見てねぇものは、どうしようもねぇじゃぁん。

 うるせぇやい。たかがゆめの話がこのおれにできねえってやがる。


−−ここでそこを通りかかったのが長屋の大家。
  それがまた仲裁に入る。
  どうにか兄き分をなだめて収めて、兄貴分を帰す。
  と、またおなじように、その夢はどんなゆめかと訊く。

 またぁ。大家さんまで。
 だからねぇ、見ていないんですよぉ。

 大家、家主といえば、親も同然。
 自慢じゃないがね。わたしは家主組合の会長までやった人間だよ。
 話の分かることでも、口が固いことでも、だれにも負けない。
 そのわたしに話せないようなゆめを見たとなれば、黙って済ますわけにはゆかんな。

 まったくもう、困った大家さんだなぁ。
 おういいとも。出るとこに出てもらおうじゃありませんか。

−−というわけで、そこは落語。
  さっそく裁判所へ。
  むかしでいう奉行の前に、関係者一同、つまり夢を見たことになっている若い男と大家が居並んだ。

 ああ、訴え出た者はどの者か。
(なぜかこの辺りから、江戸っぽく侍ことばになる)

 へぇ。わたしはどこどこで長屋をもっております何某ともうします。
 この男夫婦に一所帯分を貸しておるわけでございますが・・・。

−−と、ことの始終を説明した。
  そこはさすが奉行だ。

 そんなばかばかしい裁判に公費をついやしているほど役人はヒマではないのだ。
 また大家ともあろうものが、よりにもよって借家人のゆめのはなしごときでいさかいをおこし申し出るばかがあるかぁ!

−−裁き、一喝。
  一同は、へへーっとばかりに退場となった。が……。

 ああ、町人。
 そうその方じゃ。チト待て。
 うむ。さぞや、ばかな大家には困ったことであろう。話にもならん。

 はあ。どうもこうもなんと言ってよいのやら。
 見ないゆめの話なんてものは出来ようもありませんわけでございまして。

 うむ。さもあろう、さもあろう。
 が……まぁそうは言ってもだな。まぁそこはそれ。
 みなが聞きたいゆめと言うなれば……そのほうも、何かひとに言われぬものを見た……、ということもあろう。
 いやこの奉行、あくまで御上に遣える身なれば。信用第一をむねとする。
 よって心配無用じゃ。話せ。
 いや別段聞きとうはない。じゃが、む、そこはのう……町人。
 分かろうな。

 うう……。奉行さまといえど、将軍さまといえど、見ないものは話せませんのですから。
 どうか、ご勘弁を。

 えい、この堅物め。
 話のわからぬやつじゃ。
 せっかく無罪放免ではあったが。この者を、お縄にかけぇ。
 投獄いたす。

 そ、そんなばかな……。
 とほほ。

−−と、そこへ一神の風。
  男のからだがふわりと浮いた。
  あっと思う間もなく、山中深くワープしてしまった。
  何が起きたのかと見れば、天狗が笑って立っている。
  頭の髪は、白と黒のグレーの縮れ、コイズミヘア。
  顔はと見れば真っ赤。また鼻の長いこと太いこと。
  足には一枚歯の高下駄を履いて、ふんばっている。
  また声のでかいことは、雷のようだ。

 たまたま上空を飛遊ドライブしていたら、困り果てた声が聞こえた。
 見れば聞けば、何とばかばかしい。
 こんな裁きがあるものか。
 国民の血税を使って、あの様なカス役人を飼っておると思うと腹が立つ。
 いくら人間どものこととはいえムカついてくる。
 いや、ひとごとではない。
 天狗社会もまだまだ改革に目を光らせねばなるまいて。
 こういうことは、支持率ごときの人気商売で何とかなるものではない。

 これはこれは天狗さま。
 いやまったく、世も末かと。
 わたしも命拾いいたしました。

 む。さようであろう。
 まったく世も末だ。ムダ使いは許せぬ。

 はっ。おっしゃる通りで。
 ところでここは。

 む。鞍馬山じゃ。
 天狗の根城だな。
 うーむ。しかし……なんだな。ゆめごときで、公務を預かる役人があのようにのう……。
 シゴト中に、ひとの見たゆめのはなしを聞きたいなどとは、いや困ったやつだ。ふーむ。

 まことで。

 うむ。いや、わしぐらいの天狗になればじゃ。
 人間ごときのゆめなどに、なーんの興味も湧かんぞ。
 うむ、湧かんわかん。興味もない。
 がぁ……、人間どもの、だな。ゆめとは、いったいどの様なものか。
 などという思いもだ、まぁそこは情報化時代の今である。わしのホームページのネタにするのも一興というものじゃ。
 どうじゃ。そこのところを、なにほんのちょっとだけ。
 いかがじゃ。
 これでアクセス件数を稼げるのだが。
 いや、聞きたいというほどのものではないのだ。
 な、どうだ。話してみないか。

 えっ。天狗さままで。
 お助けいただいたことで御座いますから、出来ることなれば話もいたしましょう。
 しかし何分、見ていないのですからこれだけは話せないわけで。

 うーむ。こやつめ。このわしがちょっとだけだと言っておるのに。命が惜しくはないのか。
 話せないとなれば、いいか天狗のウルトラパワーだぞ。この下駄で蹴られたれば、唐、天竺はおろか、この世の果てまでもふっ飛んでしまうのだぞ。
 さあ話せ。なにちょっとだけで済むことだ。どうだ。

−−どうにもこうにも困ってしまった町人の男。
  出まかせの口まかせで、話のひとつもでっち上げればよいものを。かたくなに出来ないという。
 ついには怒ってしまった天狗の、毛むくじゃらの強力なフットの一蹴りとなった。
 ナカタにもベッカムにも、ロナウドにも負けないみごとなシュートを、尻の辺りに受けてしまった。
 男は、ひぇーっとばかりにすっ飛ぶと、飛んだとんだ。
 地球を7回半も周り、大気圏に戻ると、どすっと落ちた。


 たた……助けてくれぇー。

 あんた。ちょっと。ね、あんた。

 あいたたた・・。助けてくれぇ。

 ね、どこが痛いの。
 しっかりしなさいな。どうなすったの。
 うなされていたわよ。

 あっ。あ……ゆめだ。ゆめだったんだ。
 ふう、たすかった。

 あら、ゆめ?
 ね、見たの。見たゆめの話、おしえて。
 どんなゆめ?

 勘弁してくれよ、もう……。

−−お後がよろしいようで。
  テンツクツク、トントン・・・





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