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夢舟亭/浮想記(随想)
 



  石牟礼道子(完本)「春の城」

               2018年 09月15日


 作者石牟礼道子(いしむれみちこ)といえば、わたしが読んで後に当随想にも記した「苦海浄土三部作」の、あの作家。

 知る人ぞ知る”水俣病”の患者さんたちに寄り添いあるいは同化して、その苦悩心情を、人生をかけてしたためたお方。
 自身も、九州長崎地方の出であるだけに、その語り口も視線も思いもが、他人事ではなく、ともに水俣のチッソ社とも国とも闘った身内であり同士。

 そんな作者が、この書物では、そのままの地で時代をさかのぼる。
 どの時代かといえば、17世紀。時は江戸時代の初期、1630年代だ。

 長崎のこの地このころといえば、島原天草の一揆。
 島原の乱、などとも歴史書にはあろうか。
 歌にもある、天草四郎の、あの戦いである。

 水俣病患者の思いを共有するほどのこの女性作家が、なんで島原の昔を、と思うだろうか。

 それは、現代の水俣病訴訟の一連の小市民たちの苦悩や訴え叫びというものが、17世紀当時の貧民の年貢優先による苦悩や、長崎地域のキリスト教迫害への不満の噴出であったから。

 小市民の心情に寄り添った政治などには、現代においてなおこの島国全体にはなかなか至っていない。ましてや、である。

 豊臣から徳川への戦国の乱世終息のころ、という当時への見方は、現代21世紀から振り返っていえること。

 この国土域全体を見渡しての平定を思えば、まだまだ世のおさまり感が行き渡っていなかろう時代に、国内の不穏不審の元は根絶やしておきたかったのかもしれない。
 まして中央幕府からの派遣に一取り締まりの者にとっては、中央の指示には逆らえない。
 少なくも、貧苦にあえぐ民百姓ごときの天然自然との闘いが上手くゆこうがゆくまいが、知ったことではなかろうこと。鞭打ってでも年貢は徴収するが当然。
 そこへ、万民平等。崇めるはただイエス様のみ、などという意識を植え付けられてはたまらない。幕府の将軍やミカドがないがしろにされてしまう。

 数百ページにも渡るなかに、信者であり農漁民家族の側から、小説として描き込んだのが、この(完本)「春の城」である。

 このドキュメンタリー作家に”小説”は珍しいのかもしれない。
 また、(完本)とあるのは、原作が新聞連載のものということからである。

 さて、21世紀にまで尾を引いている”水俣病”の悲惨な現実と、17世紀の”島原天草の一揆”とに、小市民としての思いや叫びがどれほど読み取れるか・・・。
 少しでもその点に気づいたとき、この力作が読む現代人の心深くに残るものと感じたしだいです。



                <了>

   

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