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夢舟亭
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夢舟亭/浮想記(随想)
 





   自慢と競争
            2008年 03月15日



 人様はどうか分からないがサラリーマン生活をふり返るとそこには、競争と自慢、が多かったように思いますね。

 職場で自分の行いにかなり自信をもっていたふうで自慢もできた。とはいえそう振る舞わなければ追い越されてしまうし、なめられるという気持ちもあったと思いますよ。

 ですから自信というと聞こえはいいけどまぁ先駆けのポーズの自慢もあったのでしょう。

 競争は、常に油断なく足をすくわれないように奪い取られないように、追い越されないためにということでしょうか。

 保身の術や弁護の知恵も磨く。知識も情報も貯めこんで備える。自分の所在位置をカーナビのように認識できる。進むべき方向を決める。

 何とも生活がかかっているお父さんはご苦労さん。そんな世界なのですなぁ。

 もっとも自慢と競争も程度問題で、やり過ぎればはた迷惑このうえない。
 鼻持ちならない自信過剰者は出しゃばるものです。するとやはり嫌われる毛嫌いされるわけですね。

 平均的な企業カイシャの多くは組織的に動くものです。上から下にひろがる三角形のピラミッド状に部署係が組みあわされて成り立っている。
 それぞれが目標と役割を与えられている。決められた縄張りで業務を正確に真面目にこなす。

 部分ぶぶんは小ピラミッドの組織がさらにあって「長」を頂点にして人々がぶら下がる。役割をそれぞれ分担する。上から目標と命令が流れる。て全体の調和を保てる協調性が必要ってわけですよ。

 ですから外れた独りよがり個人のスタンドプレーは、二人三脚や百足競争の走者の乱れと同じ混乱を招くだけ。迷惑このうえないものです。組織が相互にうまく機能してこそ業績も伸びるわけですからね。

 各人に与えられる役割は難しいのも楽ちんのもあって、難易度はどれもちがう。
 また受け持ってこなす個々人もまた経験も能力も年齢も異なるってわけです。

 人それぞれに取り組み方仕事への考え方が異なる。その元には躾や教育などからくる人生観の違いもありましょうねぇ。ほら元首相のお茶ら気ではないけれど、人生いろいろ会社もいろいろ人もいろいろってことかなぁ。

 組織は調和と協調というものの、その中では一つ一つの仕事において、仲間同士には絶えず量的に質的に、競争が起きる。それで全体が進歩して業績があがって行く。
 そう切磋琢磨ということでしょうね。小さな細胞内にも競争が要るわけですね。

 個人の工夫によってより良くなり業績が向上すればそれが個人の成績になる。つまり誰がどういう事をやった考え出したから、どの程度有効だったのかとね。

 結果好評は信頼につながり報償をもって褒められる。反対に役立たずや過失には不評減点が下る。そこでは人格とか品格なんて二の次。だって儲かりませんもんねぇ。

 その時々の成績評価が給料や地位の上下に影響を与えることになる。これがサラリーマン生活ですかね。

 ですから評価される側に競争の思いが湧くのは当然であり自然。カイシャ勤めの者の心には競争しては自慢する意欲が絶えず煮えたぎるぐらいがいいわけです。それが活力でありバネでしょうね。

 自慢と競争という習性は思えば幼い幼稚園のころからのレースでしたよね。
 小学では答案上で、中学高校では進路で、大学では職へと・・先を制しより上を勝ちとることが目標であったのではないでしょうかねぇ。

 そして職場においてもいっそう競争は激化の度を強めて。勝てば自慢もしたくなる。胸を反らして顎を突き出してね。負ければ、おのれぇとばかりに次の闘いへ歯ぎしりで備える。自慢のその時を思い描いて競争し続けてきたということ。

 職業で身体に染みついてしまっている習性はカイシャ外で簡単に切り替えられない。衣服じゃないんですから。いや衣服だって着慣れないものは落ち着かないものです。

 ほらモダンタイムスといえばチャップリンの映画。喜劇の名作ですよね。ネジ締め作業の工員がベルトコンベアで流れ来る多量の製品に毎日ネジ締め作業をくり返している。と、そのうちに何をしても締めるべきネジに見えてしまう。
 工具を動かす仕草をいつの間にかしてしまう。そんな様子がありましたでしょう。あれはもちろん喜劇です。

 しかし実際手足の動作はもちろん、心の挙動だって笑えないけど笑いたい習性が付いてしまう。意識せずともとっさのときに出てしまうもののようですよ。

 現場職工ブルーカラーも事務系ホワイトカラーも技術系エンジニアも、金槌を持つ者には周囲のすべてが釘に見えるというように、習慣も考え方も身に付いてしまっているものなのです。

 だからここでは要りません、邪魔ですよという習性を脱げない気づかない。いや気づいても、そういう状況でしか自分の体勢が保てなく落ち着かないんですよねきっと。

 ・・・と、そんなふうな告白をしたある知人。困ったもんですと頭を掻いた。

 この知人は若いときからなかなか積極的な行動をしてきた方なのだ。
 あなたでさえそうなのですかと問うと、彼は、老若男女が集うある素人劇団に自らを追い込んだという。
 カイシャ縦社会の自分の意識をリセットしたい。横水平な人間関係へ挑戦したいのだという。

 そんな新人顔合わせの場で−−

 ではみなさんまずは自己紹介をお願いいたします、となった。
 若い人はさすがに分かり合う。単語会話なのにもかかわらず、ぽんぽん反応が往復してうなずき合って通じていた。

 さて、おっさんに番がきた。
 えぇーわたしは凸凹カイシャで−−部の長をやっております−−でしてぇ。あぁーわたしのシゴトはと申しますと−−ですな。今回お世話になることになりました。なにとぞどうかよろしくお願いいたしたいと、そう思っておりますわけで。

 そこへ二席ほどはなれて坐る女性が、くすくすとして、どんな役を演じてみたいのかな、と問う。
 えっ!?
 職場ではかなり多弁なはずが詰まってしまったおっさん。
 ほら、たとえば。とらさんとかぁ、ふゆソナのよんさま。シェークスピアとかチェーホフとかいろいろお芝居ってあるじゃないですかぁ。

 そうそう俳優さんなら誰の演技がお好きなんだろ。

 あぁ……いやぁ……ト、とらさんねぇ。しぇーくす……。
 顔をまっ赤にして詰まってしまった彼。そこへ見かねた団の老リーダーが助け舟。
 貴重な世代ですから、ご参加ありがたいのですが、劇団をどんなところと思っていらっしゃいましたか。

 あ、いやぁ。お芝居を、教えていただけるところと思って参ったのですが。いやまいったぁ。何をやりたいかってことは……考えんかったあ。

 端の席の若者が、おっさんさフリンのシーンでも楽しみにしてんじゃぁん。ラブシーンとかさ。

 ら、らぶしーんかぁ。いや、まいったな。そんなことも、やらなきゃならんのぉ。
 一同大爆笑。

 その気持ち和む雰囲気におっさんは冷や汗をおさめて、入会を固めたという。
 まもなく誰いうとなくついたあだ名が、ぶちょうさん。

 あ、ちょっとちょっとぶちょうさん。そこんとこもっとこっち。そうそのあたりを向いて。
 この役はねぶちょうさん。そんなに偉そうにしてはだめだなぁ。農民Aですからね。

 ぶちょうさん、なかなかいいじゃーん。
 うふ。気合い入っていいわよぉ、ぶちょうさん。その調子ね。

 あちら演劇世界に、自慢と競争があったかどうかまだぶちょうさんに訊かずにいる。


                <了>

   

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