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夢舟亭
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夢舟亭 浮想記 −随想−


   映画「サウルの息子」
               2016年08月24日
 

 この映画の観どころは本筋よりも、映し出される背景にある。

 とはいえ美しい景観ではない。

 人間の凄まじい凶悪さ。それも桁違いの史上最悪のアレだ。

 視点角度を変えながら毎年毎年創り続けられているアレといえば、ニッポンこの時期から考えれば、戦争ものでありホロコースト。
 いわゆるユダヤ民族絶滅の大計画、そのコト。

 ポーランドをはじめ多くの地に設置された収容所という名の大量殺人工場。

 そこでは、日々世界各地で捕らえられ送り込まれてくる囚人老若男女問わず、収容所に到着した貨物列車から降ろされ長蛇の列となり。

「さぁ着てるものは脱いで体を綺麗に洗って、美味しいスープが待っているぞ」などとシャワー室と称する部屋へ急がせる。

 それら数多の囚人たちを、いずれは同じ死を予約されているユダヤ人自身に管理雑役をさせている。
 そうした、死を先送りされた一人が、この映画の主人公なのだ。

 さて「サウルの息子」という題名は、この男の子どものことか・・・それは観たそれぞれの判断にまかすとして。

 先に述べた、観どころとなる映し出される「背景」だが。
 収容所に居た経験者当事者でないと分からないコト、その状況のリアルさ、生々しさが、まさに凄まじい映像として、そのただ中にカメラがある。

 ラッシュ時のE電のような、素っ裸すし詰めの部屋の、鉄扉を閉じてまもなく、阿鼻叫喚の中の状況が聞こえる。
 毒ガスが身動きもできないその部屋の天井から送り込まれ、しかしそれもつかの間。

 いや、その部屋で何が起きているのか百も承知の、死先送り者たちは、脱いで吊るされた衣類から貴重品類をかき集めさせられる。
 なかにはそれをチョロマカす者も。もはや隣室の大量の人命の存在などだれも気にしてはいないということだ。日常茶飯事なのだから。

 絶叫やドアや壁をたたく苦し気な音もしなくなると、ドアを開ける。
 そこには素っ裸の人肉体が折り重なった山がある。

 もはや何の感情もわかないで、それらを焼却炉へと運ぶ。
 急げいそげとせっつかれ煽られながら。

 同時に、その部屋をシャワー室として綺麗に磨き掃除を施すのもまた、別グループの死先送り組だ。

 焼却灰の山は大川へ捨てさせられることで、作業の1サイクルが完了。


 日々、あまりに運び込まれる収容者つまり殺人工場の死の処理が追い付かず、処理量言い換えれば殺処分対応能力オーバーに音をあげる収容所所長らの様子までがある。

 まるでモノ造る工場が売れ過ぎて出荷の要求に追いつかぬとでもいうふうだ。

 その対応処置として、収容所到着と同時に大穴の前に並ばせて銃殺、即焼却という策もはじまる。

 そうした様子が、映画本筋と絡めながら「背景」として描き、綿密な考証の元に再現しているという、そこに居る当事者目線のこの点こそ当作品のミドコロだと感じたのでした。

               <了>

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「サウルの息子」


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