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夢舟亭/浮想記(随想)
 
 
 

 日本映画「そして父になる」
              2019年 01月20日


 是枝裕和監督、といえば「誰も知らない」や「万引き家族」で世界に称された人。
 その監督の作品、「そして父になる」もまた社会派というべきでしょうか。

 題名からいうと主役「父」に福山雅治、人気度の高い若いあの人。
 もう一方の「父」にリリーフランキー。
 対照的な印象を課された両人、その役がら。

 上映開始2013年なのでかなりのかたが内容をご存じでしょう。

 出産時に医院で男児同士を取り違えられたまま育ててきて数年後、その事実が判明する。

 その後の両家族の、とくに若夫婦らの苦悩ストーリーが描かれているわけです。

 現実の社会で起こった事として報道などされた問題でもあり。
 また子を持ち育てたことのある人にとっては、多少なりとも他人事としてだけ見過ごせないほどの、心の動きを感じるわけです。自分ならどうしようか、と。

 また、親の身になっての思いだけでなく、子供の側になって湧いてくる複雑な心情、それは幼児期だけではなく、青年期から壮年に至った時のことも。

 また、親と子、というこの人間関係の意味までもを、観る側に考えさせずにおかないテーマだと感じます。

 この作品の、子供を取り違えさせられてしまった両家族は、生活環境が異なるとともに家族観、人生観が異なる設定です。
 実社会には当然の、生き方や生活能力の違いも当然ある。

 そうした状況を互いの目線で相手家族を視れば、そこまで育った自分の”血”を受け継ぐ子供にどう影響を与えているかは、大いに気になるところなのでしょう。とくに”悪影響”として。

 しかしそういう思いは、裏を返せば、気にする親である自分自身の内面にある、これまで生きてきた”人間観”の再確認の時でもある。自分の生き方は間違っていないのか、と。

 それができる判断力、人間観の再生を経ることが、「父になる」時なのだろう、という作品に観えたのでした。

 もちろん、肝心の、どちらの子供が自分の本当の子供だといえるのか、どちらを育ててゆけば善いのか、というテーマは重要だけれど・・・。
 その明快な結論や判断など、劇映画に下せるものではない、という終幕も十分共感できました。




              <了>


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日本映画「そして父になる」


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