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夢舟亭
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夢舟亭 創文館(随想・エッセイ)
 

  「黙って行かせて」(ヘルガ・シュナイダー)を読む
                2023/09/29


 いわゆるナチス≠るいはユダヤ≠烽フのひとつ。

 ではあるがこの場合は加害の側の、である。
 そしてあの時期からは時間を経た話。実話と言っていい。

 毎年8月になるとわが国では、敗戦という形の終戦を過去形で報じられる。
 12月の奇襲開戦を仕掛けたことよりも遥かに多く。
 また、侵略から植民統治を行った加害側≠ニしての状況は、いまだタブー視され秘されたまま。

 さてこの作品は、ナチ党員であり、絶滅収容所の優良看守であった女性の、後年老いて施設生活中の言動が描かれている。
 それを実子、娘が綴ったものだ。

 題名の「黙って行かせて」には、ユダヤ絶滅作戦の当時の誇り高き女性ナチ党員として夫や子を残し、さっそうと自宅を出る母の姿を。
 そして現代において、老いた母の言動に失望して逃げるように施設を後にする娘の。
 その両者の声が宿っているようなのだ。

 つまりは、その両面をこの作品は辿って描かれている。

 とくに母の、ナチス政権の当時、迷いもなく、この世界は自身アーリア人こそがとの総統以下首脳陣の言に従い敬拝し、ユダヤ人根絶作戦に、迷いもなく家庭家族をかえりみず心血注いだ当時の母。
 それは過去のものと、幼き苦渋の涙を飲んで百歩譲ったとしても……。

 あの思いを、数十年後の今日においてもなお、変わることなく自慢気に、痩せた老顔をもたげて語る老母を目の前にしては。

 わが国では、周辺隣国への戦時当時の出征兵士たちの行いの事々を、引き上げ自国自宅に戻っても、けして家族に話さなかったとよく聞く。
 戦時の醜聞など無いほうが不自然だろうが、敵兵やその民族への行為がけして自慢に値しないことは当然。まして今、平時となれば。
 そのことを反省とやましさの思いあって隠すのだと思う。

 けれどこの母は違う。
 今でも、娘が問うごとに誇らしく、絶滅作戦の収容所での厳格な看守の行いを、事細かに苦もなく語る。
 娘は、耳を塞ぎたいのに、それらを問い続ける。

 その娘の憎しみの根底には、当時の政権や教育へのものも多いのではないだろうか。
 いかに思想や行いが醜かろうと、母とて人の子。ましてわが親。
 未だに、おそらくはこの先も変わらず変えられないそれ≠ヘ、時代が刷り込んだものだったのだから。



              <了> 
 






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