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夢舟亭
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夢舟亭 創文館 エッセイ  2022年 1月 22日



   『福島第一原発事故の真実(NHKメルトダウン取材班)』を読んで


「NHKメルトダウン取材班」と組織された取材チームが、東京電力福島第一原発の関係者や専門家へのインタビューを元に、事故当時の原発施設設備と現場担当者の状況や行動を700数十ページにまとめた一冊だ。

 2011年3月11日午後に発生した地震そして津波、いわゆる”東日本大震災”。それによる、東京電力株式会社の発電設備である福島第一原子力発電設備機器の複数連続爆発数日間の、内部状況を後日取材してのもの。

 ただし原子力発電施設爆発による放射生物質の、国内外への飛散による環境汚染被害の数値や、避難者の様子には触れていない。
 あくまでも建屋、格納容器、そして原子炉関連の設備、その爆発崩壊経過と設備関係者の苦悩や混乱、対応行動や言動。
 それらを事故後、時を経て解明された推測をふくむ事実関係などを検討しつつの内容となっている。

 事故当時の原発設備内での関係当事者らの必死の対応、判断し行った諸策は、必ずしも爆発破壊や原子炉内の溶融(メルトダウン)への経過実態に沿ってはおらず、食い違いかけ離れていたということも少なくなかったよう。
 そうしたことが後日解ってきているということは注目点だろう。

 もしも、あれが、あのとき、という現在から振り返ればその恐ろしさにこの国の皆が震え上がるほどの勘違いもあったという。
 であってもなお、日本列島のこの島国最大の脅威とされた”原子炉爆発”は無かった。

 この、ある意味偶然の幸運があったことは、読み終えてあらためて世界の救いと胸なでおろす。
 それが”もしも起きていたら”。狭い島国、この国のほとんどが汚染地域であったことだろうから。少なくもこの半分は汚染地帯となり住めなくなり、避難世帯は人数はと・・・。

 何日に何号機がどうなったかという当時の個々詳細その順番はともかく。
 専門外の読者としては、今この時点であれら続いて崩壊した原発は、無残な姿を公に晒しつつも、”ある種”落ち着き状態かとは読み取れよう。

 地震と津波が原発設備にいかに襲いかかったのか。それから設備を構成する発電設備各装置類、とくに核融合による膨大なエネルギー源原子炉とそれを覆う格納容器は、いかに危険を回避し得たのか。し得なかったのか。
 施設設備の現場で業務に就いていた人たちは、いかに、どれほど、を回避できたのか、できなかったのか、それはなぜか、が当書の内容だ。

 それらを読み進め、読み終えて、思い感じることは−−

 現場の多くの関係当事者たちが決死の覚悟をもってしても、対応策が不明か、分かっていても実現不可能なこと、が数多くあったということ。

 なぜなら、発電設備であるのに”電気が無い”。
 原子力発電の極超高エネルギー源である原子力設備に必要不可欠である冷却水”命のが水無い”。
 致命的にもこの2つを失ってしまった原発。

 当時の報道においては1号から4号機までがそのさなかにあったとされていたが、事実は5,6号機もまた危ういところでの危機回避があったのだという。
 つまり複数ある原発全基が危機状態。

 これら迫りくる危機その脅威を現実のものと感じる施設内当事者らと、管理責任者たる”所長”が不眠不休、しかるに暗中模索。
 対応策を推測し捻出し、指示を与え行なわれててゆくも、当然未経験のこと。まして原発。
 なおかつ複数が問題を抱え、時を変え次々に不備不調を。
 放射線量のうなぎのぼりに併せて、報告する仲間の顔も曇り声も重かろう。

 けれど電気無しは、施設設備が状況を逐一表示するべき働きを失って動向の推測のなか判断ばかり。
 灯りもなくば関係者同士の顔さえ見えず。でも何も手をうたないでは居られない歯がゆさに苦しむ。そこで推測し合う。

 何せ”今”この設備の動向その命運は、この”国そのもの”の命運として、国の存亡までがかかっている。皆がそのことを嫌でも承知している。
 それが原子力発電所と関係者の位置づけ立場であり、重責であり、一人の生きる者の恐怖。

 そこでまず”電気”だが。
 なんと自家用車などの電池、車両バッテリーを外しかき集め直列接続したという。
 天下の大会社東電、大都市数十万世帯を賄う電力を発する原子力発電所において。最悪の事故対応の急場に、これ、である。

 それほどの急場しのぎとなれば、当然水も、海岸設備の近場の水、”海水”を冷却にと考え。しかしどう吸い込み噴射するか。津波が施設を襲ったその場所で。

 原発建屋設備内で水不足により加熱発生して、溜った”水素”の危険性も言い交わされだし、爆発回避のガス抜き”ベント”なる緊急性を要する開栓作業へ考えが至る。
 しかし地震による多くの設備の不具合や、内部の放射線量増大に阻まれる。

 不眠不休の所長には、加えてテレビ会議先の東京本社から横槍にも似たヒント、否、指示であり”命令”も送られてくる。
 さらに国家的重大性から鑑みれば当然のことながら、国政府からの問い合わせも間接に直接に投げかけられる。

 そうしているうちに、溜まった水素が爆発し続けた。いわゆる水素爆発。
 それにより発電所建屋はすっ飛び、崩壊。けが人も多数発生。
 多くの放射生物質が飛散、汚染被害が周辺地域はもちろん国内の広範囲を汚染した。

 事後、国内はもちろん国外の汚染被害実態はふせられたままだ。
 あわせて海外の多くの国から農漁産品の輸入差し止めが続いている実情もまた。

 当事県広域、なにより設備のある複数町民を中心とした何十万もの避難者を出ては、路頭に迷わせ。10年を超えた今も、万人が避難している現実は悲しいかぎりである。
 さらに広域広範囲の土壌汚染は、山野その地表を削りとるも限りなし。それら汚染物の袋が県市町村に山をなして連なり、いずれは県外に運び出すという。

 テレビ会議での東京電力東京本社とのやり取りの様子で思うのは、世界が危険視しつつ注目する原子力発電設備の暴走状態に対する回避策の中で。
 例えばこれがSF映画であるなら、全国から世界から陸海空路をついで、内外の有能なこの分野の経験者や専門家、研究者などが数多この国現場に協力支援に押し寄せ、全知全能を結集し事故収束打開策を講じてゆくであろう、とは思わないだろうか。

 ならば現実世界においての国家非常時緊急事態の今であれば、と思うのだ。

 実際は、自衛隊や消防庁の現場整理や放水はあったものの、爆発で崩壊が進む原発設備現場の所長とその部下たちに、対応は限られたままだった。
 このことには今でも心細さに背筋に寒気、である。

 だから日を追うごとに隔絶孤立に等しい彼らは、疲弊してゆき判断も行動も鈍ったのはやもうえないのではなかろうか。
 不平なども湧かない彼らだが、どこか特攻的な犠牲者の立場に見える。
 例えていうなら、先の戦争の末期の南海の、孤島で飲まず食わず武器もなく、の無残な日本諸兵の玉砕の断末魔さえ思い浮かべるのだ。

 2011年このとき頑張った”所長”が、その後に逝ったことは今では多くが承知していよう。
 けれど国家危機に対して、ごく限られた企業集団の人員だけに担わせ、”英雄談”的な取り組みとして終えてしまい、国家の非常時プロジェクトとして叡智結集対策の動きにならなかったという寂しさ虚しさ、これで良いのかと感じるのだ。
 この国はこういう形でしか国家的危機へ対応できないのか、と。
 ならば、もしもあういう場合は、そうした時には、と考えを広げてしまう。

 実際、この時の所長一人の推測し判断した多くが、実は必ずしも的を得た適切な対応策とはいえなく、最悪の原子炉爆発回避に即していなかったもという。
 ということは、わが国は”たまたま”運が良かっただけか。

 そうした事実はあれどもやはり自国救済への彼らの苦悩と諸策行動へは深い感謝を思う。

 そしてまた、ことの重大さを裏返せば、2011年より前に起きていた他国の原発事故へ、「我が国のものは安全だ」「原子力は未来のクリーンなエネルギー」と胸をはり豪語しては、狭い日本に50数基も建設推進邁進をしてきた政治産業学術各界の多くの御仁らの、今の心境胸中が気にかかる。

 2022年1月現在でも、メルトダウンしたままの複数原子炉は、廃棄整理の前段の内部調査はもちろん、その作業さえ手つかずのまま。発表されるスケジュールは繰越し書き換えが続き。それらへの国の責任者は存在していないようだ。

 溶け落ちたとはいえそれらはいまだ冷却水をかけ続ける必要が、それにより放射能汚染水として溜め続ける膨大な数のタンク群。
 その処理水排棄策という海洋放出案は国内からは批判され、好ましからざる困った処置だと周辺国の声もあがっている。

 つまりは今もほとんど解決されず、現地は現場は目ぼしいほどの原発廃炉撤去は進まず進展せずこの先も予測がつづ、ほとんどあの時のまま。

 それら第一の障害は言うまでもなく”放射能”。核、の脅威。


 NHKの当書は、原発設備のあの時数日の様子に限ったの内容だが、それらは必ずしもNHKスペシャルやETV特集、BSスペシャルなどを録って見ても、報道されていないように感じる。とくに”人体への影響”その実態はどう取材されているものか。

 また重要な人的被害や環境被害など、あるいは当時調査などに励まれた方々の声や姿が聞こえず見えずのまま、などなどまだまだ掘り下げと報道不足に、歯がゆさを感じている。
 事故後10年を越えてなお何らかの政治的障害、”差し障り”などあるのだろうか。

 2011/3.11にショックを受けた人類はこの先、原子力発電をどう扱うのか。
 2022年現在、欧州においてこのエネルギーをいかに扱うかで微妙に揺れているという。

                2022/01/22



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