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夢舟亭
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夢舟亭 創文館(随想・エッセイ)
 

 『メルケル』世界一の宰相
   (マリオン ヴァン・ランテルゲム 著) を読む
                  2023/01/30



 政治家、とはなんだろう。
『メルケル』を読んでいながら思わされたのはそのことだ。

 少なくとも、種々の発想や決断の多くが我田引水、つまり自身の懐へゼニカネの流れを通すため第一、ということではあるまい。
 同じく、自党優先で票数確保に奔走するあれこれ施策などでもなく。

 自国民、否、世界、地球全体の今と未来に生きる人々のことを考え、持てる能力や組織をそして与えられた権力を公平に活かすことか。

 そう思わされたこの人、の半生。この本『メルケル』。
 アンゲラ・メルケル、字名メルケルは前夫名とか。その子ももうけたいわゆるバツイチ女性。

 幼少期に牧師である父は、自ら戦後の旧東ドイツへ移住したという。
 だからメルケルは共産圏の育ち。
 優秀なこの女性は物理学を選考、勉学。
 したがって科学的頭脳の持ち主。

 それが後に、ベルリンの壁崩壊とともに、自由と民主主義世界の仲間入り。統一ドイツへ。
 その国の首相に。政治家のなかの最上席に、最年少で女性初。
  2005年から2021年まで、歴史に名を刻むほどの業績を遺して。
 これまで通りごく一般的な庶民生活に、退いたという。

 その業績とは、けして派手なパフォーマンスでマスメディアを賑わすこともなく。
 でも実は国際的な交渉を、世界的見地から人道的にこなし。結果を生んだにも関わらず、誇示しないで。
 そうだから、あまり理解されていない面はある。

 そうしたことは女性ゆえの業か。
 いや、そうではあるまい。

 男女別なく誰しもが、国際的な偉業、大きな影響力のある成果を生めば、自慢顔をメディアに表すのは人情。できれば誇大にも。
 それをせず、あくまで結果を得るためだけに奔走し、成果を見た時点で満足。というのはこの人特有のものだろう。

 自国コール首相の心を掴み、ブッシュ、オバマ、トランプ、ブレア、メイ、ジョンソン、シラク、サルコジ、マクロン、プーチン、習近平などなど。
 世界を左右する(男性政治家)面々と、サシで渡り合った末の成果は、けして自国優位のみにあらず。
 EU離反や分裂を阻止しつつまとめようと、実質EUの代表的立場にまで。
 そうしたてんを人は見ているもので、世界政治家中、信頼度ナンバーワンという。

 たとえば前回の、ウクライナ危機交渉。その後の100万人もの難民の受け入れ、などどこの国が申し出ようかやれようか。

 自国に厳しい、のは自国の先人たちの罪、ナチスの犯した”ユダヤ人大虐殺”。
 これへ「ドイツは永久に反省」し続ける義務と責任を負うと自戒の言明。

 この人の名と決定事項がアジアの列島国に響いた言葉といえば、「ドイツは原発を撤廃する」だろう。

 一概に信じがたいと思ったのは、技術大国のあのドイツが、本気でそんな宣言をするなんて……。

 しかしとうのドイツは本気だった。
 宣言するに至った裏には、物理学専攻のメルケル首相なればこその、真に国民を思う危機感があったれば。
 ロシア(旧ソビエト)とアメリカに続いて、少なくともそれまでの”技術立国たるニッポン”でさえ、制御しかねる巨大な核エネルギーの驚異を目の当たりにして。

”制御しかねる”意味には、人間の能力には限界がある、人間は必ずミスをするから、という厳粛な目線もあったという。
 その万にひとつ億に一度で、歴史ある一国が万民が、いや世界が住めない地獄になりうる、という実例を見たのだろうと思う。

 とはいえ産業大国にとってはとても簡単に得られる判断ではない。産業人はもちろんとうの首相本人が百も承知。そうした苦渋の選択だと思うのだ。

 また、先年コロナ感染症による移動制限を自国民に発令した際。「政府が市民の自由を奪う」怖さを自戒しつつ訴える放映の姿に、ドイツ国民だけでなく多くが胸を打たれたはず。
 それほどに慎重かつ誠実に、心砕く政府ならと反対はなかったらしい。

 こうした市民個々人の顔を思いを見ているような政治姿勢。
 自慢や競争心をもって支持を獲得し、立場を常に優位に保つあの手この言と策を講じながらの政治権力に慣れた私たちには、なかなか理解できず。
 ウラがあるのだろうと、うす汚れた目の曇りは拭えぬず、容易には信じられないのが、なんとも悲しい限り。

 しかし重責を退いた後も、未だ我田へと利得引水の報はない。つまりは本物だった。
 世界はまた何十年に一人の、稀有な偉人を、”政治家のお手本”を得ていたことになる、と思ったのである。


                 <了>






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