・・・・
夢舟亭
・・・・

夢舟亭 創文館(随想・エッセイ)
 

   『シャギー・ベイン』(ダグラス・スチュアート)を読む
                   2023/02/17


 英国ならロンドン、フランスならパリ。そしてドイツならベルリンと、都会の繁華街の高層ビル風景が目に浮かぶヨーロッパ。それがアジアの島国、私などからの目線だが。
 けれど、いずれの国にも格差の底辺は存在するようなのだ。

 1990年代の英国。シングルママと三子、貧困家庭。
 世の東西を問わず寂しく虚しい困窮生活は少なくないようだ。

 その元には産業の変化近代化という、誰も止めることの出来ない時代の流れが。
 そうした時代に取り残された小市民の群れ、この物語では炭鉱労働者たちの今がある。

 というと、自由社会では時代に即したスキル、自己研鑽の先で、新しい仕事を掴み再スタートを、などとどこかのお国政府や高官の、至極真っ当な声が聞こえそう、ではある。

 ま、それはともかく、10歳ほどから17歳くらいまでの当主人公の少年(シャギー)は、黒いダイア石炭全盛のころからの、祖父母の生活を引き継ぐ流れで住む街で母に育てられる。
 この母は、街一番の美人。世界的美人女優に似ているとの評判が一層の自意識を高めてしまった。
 そのプライドがシャギー少年を苦しめ続けることになるのだが……。

 この母にかぎらず、アル中という親のアイテムは、子供にとって実に困りまた負担となるのは世界の常。この母も。

 美人でアル中。
 このことによりシャギー兄姉も苦しみ、それぞれに自分的決断を下してゆく。

 小説にかぎらず、映画やTVドラマも同じくストーリーを語ってしまうネタバラはご法度。それが読後記のマナー。
 よってここでもそれに従い、英国の文学賞の栄誉ブッカー賞を受賞したという半自叙伝的ストーリー詳細は、この辺りまで、だが。

 きわめてリアルな描写は、ときに嫌悪感も吐き気も感じるほど。
 血のつながる父とつながらない父、それらの兄弟姉妹そして祖父母たちなどカタカナ名とともに、それら人間模様がうかがえる。つまりは、上手い小説、良い本、おすすめだ。

 テーマは家庭、家族、親と子。
 子供が親の面倒をみる、また孫が祖父母の面倒をみるという家庭がある。
 親の身体の不自由や精神的ダメージで、祖父や祖母の老化が極まって、などにより支えが要る。
 家族なれば誰しも少しはあろうけれど、登校や学業を放ってそれに専念どとなればかなりの重荷。
 そうしたことが”イジメ”の対象ともなればことは深刻。

 そこは英国イギリスであれば、それなりの社会的な保護や支援の仕組み制度もあろけれど。
 シャギー少年は、苦しみつつも健全で幸福な生活スタイルへ復帰してほしいと母に願う。

 作者もそうした経験があってか、母を綴ってみようと数年かけて。
 仕上がりを出版社に持ち込んで、もなかなか相手にされず採用に至らなかったとか。
 けれどある社から出せた後に、幸運な今現在に至ったという。

 さて話は親子だが、余談を。
 男女共同参画社会や女性活躍推進などの声をそのまま受けて、愛すべきわが乳飲み子育て、その尊くも心弾む行いを他人に任し、預けて働く。
 世の効率追求の分業社会は、何も知らず幼いがゆえの子供たちにとって、一日のある時間帯が戦後親を失って育った子たちのごとき親なし寂しの我慢を強いられているように見える。

 いや子供ばかりではなく、強制隔離とまで言わずとも実は親だってわが子をこの手で慈しむ実感がもてない寂しさ切なさが、胸の奥底でうずいているのではなかろうか。

 さらに、男も育児を、ともったいなくも授かったばかりの愛子を、押し付け合う風潮を、同権とか自立と称して法までが保障する。

 思えば哺乳類は当然、子育ては自分の手が自然。そう信じてきた世代は残り少ない。
 わが子の体温を感じ取る機会も暇も少ない子育て支援、産めや増やせの少子化対策などは、よもや低賃労働者数確保の一環というだけのことではあるまいが。

 その前に結婚率は下げ止まりか。
 またマスメディアに誘われ慣らされてか”バツイチ”言葉が何気なく交わされる離婚。その割合も数十%の高止まり。家庭への憧れや夢を穢し砕く。

”愛”の一字が軽がると飛び交い見聞きされる中で、形だけの人の繋がりは、「いいね、あれぇ間違った、いやだぁ、じぁはいお次」。儚くも寒い人心のつながり。
 そうした家庭色の乏しい大人の間で子供はどう育ってゆくのか。

 信じるべき家族への思い、頼れる家族の絆への思いが強い世代には、”詐欺”にご注意のアラームが点滅。
 誰も信じていられない頼れない高速デジタル時代として牙をむき、襲いかかる。

 などなど戦後昭和の中頃を心の背景色とする私などのグチ疑問ではあるが。

 家庭、家族、親と子などなど、読み進めるなかで、そんな思い考えを巡らしたのでした。


              <了> 
 






・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・

・・・・
夢舟亭
・・・・
[ページ先頭へ]    夢舟亭HOME    「創文館」    「随想」目次