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夢舟亭
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夢舟亭 創文館(随想・エッセイ)
 


   ETV特集『東電の社員だった私たち』を視て
                    2022/12/29


 福島との10年、と副題があるこの特集番組。
 2011年3月の東日本広域(東北地方)の地震と津波発生時に起きた、東京電力株式会社の福島第一原子力発電所、その1、2、3、4号機、複数連続爆発。
 世界史上最悪の原発事故、それによる放射能飛散汚染被害、被害者たちと防げなかった爆発の元、加害社側の従業員、10年間の苦悩に迫ったもの。

 もう10年前というなら、2021年に制作放映されたのだろう。私が視たのは再放映。その録画視だ。

 話は、東京電力の元社員3名を追う。
 放射能飛散汚染被害、といっても直接間接それぞれ多岐に渡る。
 広範囲な生活圏にまんべんなく空から降ってくる。それは目に見えない人体に有害な危険物。でも即発症発病することがない。

 当県人としての恐怖は今も私は忘れえない。原発20キロ圏から泣きなき逃げてきた家族の顔を今も忘れられない。
 それに続いて多くの人達が、SF恐怖映画のようにあとに続き。大波のように押し寄せてくるのだろうと思ったのを覚えている。
 車列の大渋滞によりそうした逃避行もできないまま、降りくる膨大な放射能を浴びた県人のなんと多いことだろう。

 さて番組の東電社員、今では「元社員」たち。
 汚染被害者たちへの賠償窓口業務を仰せつかり、自宅埼玉県から福島は会津へ。
 被爆汚染地域で除染作業を行うことになった本社社員も。
 そうした当時社員だった3名。
 ほかにも1000名ほどが同業務へ出たという。

 主に賠償窓口での苦悩の人が当時を語る。
 この場合の”苦悩”に番組は迫る。

 私も賠償担当者へかけた電話を経験しているが、マニュアル通りの謝罪言葉に終始するも、けしてこちらの満足する結果など即答しないで終わる。
 この人の場合もおそらくは似たような腹つもりで業務を開始したのだろう。
 ところが人としての”心”は、その継続をさせなかったようだ。

 あの日以前には元気で生活していた老母を車いすに載せて、窓口に立った男性が。
「お金よりもなによりも、この状態をなんとかしてくれ」 
 放射能汚染から逃避の果ての仮設住宅での避難生活。それまでの日常生活行動の多くを奪われて今、痴呆が進み身体まで不自由に。
 そんな家族がある異郷の地では働くこともままならぬというのだ。

 避難、と一口にいうけれど。
 万人単位の家族が、ある日突然に逃げ惑う。
 その逃避行も大変であるが、受け入れる側もまた、近くも遠くもの市町村とて精一杯の行政の中。受け入れて生活維持の衣食住に医療支援と維持。さらには職も。
 場所も経費も人材も賄えきれる予算もない。
 その両面が、避難という不可能に近い難事業だ。

 つい先日まで穏やか温和に精一杯暮らしていた善良なる小市民が、今逃げ惑う先々で、16万人もの罪もない避難者たちが、突然襲った事故災難に苦悩している現実。
 それは多くの賠償相談窓口にて見聞きしうる、ある意味ありふれた実態となって、国民多くの関心を失うことではあろうけれど。
 慣れてしまえばマニュアルに従って業務時間を通過しうるだろうことだろうが。

 けれどこの担当者の、人心には痛烈に刺さったのだろう。目覚めるほどに。
 避難者の苦悩の矢が。己の痛みとして。
 おそらくそれは、加害社側賠償相談窓口業務には、”あってはならない”、”越えてはならない一線”かも……。

「頭を地につけ平謝り」するほどになった、という。いや実際にそれをしたのだという。
 とてもとても謝って済むことではないのだけれどと。
 同業務同僚の、自死を知ってまた思いを共有し深くうなずく。

「あんたら社員個人に怒ってるわけじゃない」との被害者たちの不満声に、恐縮し再び我に返る東電社員もある。
 そんな東電社員らは今”元”東電社員となり。彼らは今、多くの時間を「福島」で過ごしている。

 50才代で退職し、または定年、即に。
 どれほどの謝罪も叶わぬけれど「せめてなにか」と。
 避難者の荒廃無人の実家の庭を草刈り。
 汚染農地で除染後に実る野菜の拡販事業。

 いうまでもなくこうした事々のほかにも、16万余の避難者も含めた放射能汚染被害者個々が、それぞれ多かれ少なかれ無害無傷ではなく。襲われ背負わされた苦しみ悲しみの大小は数限りなく。


 あれ以前にも実は種々問題発生を隠しつつ。 けして大きいといえないこの列島に、不似合いなほど建増されて現存する50数基の原子力発電施設。
 国の産学全力投入も複数爆発を防げえなかった自称技術立国。
 10年以上経過する間、何を反省しどう考えたか。

「超絶な核エネルギーは、ミスを犯す人間には、制御できません」と独国の首相に原発ゼロを宣せしめた。
 たしかに、地震大国の海沿いで、地面より低位置に原発最後の砦であるディーゼル発電設備を置いたというも、ミス。
 最悪は島国土半分が避難地域だったろうと身震い、も含め世界の原発事故が”それ”を物語ろう。

 しかし2022年末現在。
 政府は再稼働へ舵を切り戻す判断、との報道がある。10%ほどの輸入石油の不安からとか。
 今も続く被災者避難者たちの取り戻せない苦悩など知らぬか、無かったかのよう。

   *

 ETV特集『東電の社員だった私たち』(福島との10年)のほかにも、NHK放映の原発連続爆発による放射能汚染の被害を扱った、『福島モノローグ』、『被曝の森』、『変わりゆく大地』を考え深く視た。
 その鑑賞記はいずれまた掲載したいと思っている。


   <了>





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